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書評
2013-03-31 22:00 by 仁伯爵

 情報技術が注目され、IT革命と言われ始めたのはいつ頃からだっただろうか。十数年前、アナログ電話回線を使用し料金を気にしてテレホタイム(テレホーダイ・タイム)にインターネットで調べ物をしていたら、友人に「インターネットなんてオタクのするものだ」と言われた。それが今ではネットを利用しないイケメンなどイケメンではないといった風情だ。ネットに接続する環境がないことが大きなハンデにさえなりうる。デジタルデバイドが真面目に問題として語られるほどだ。インターネットが従量課金制で常時接続などなかった時代、パソコンはスタンドアローンで使用するのが当たり前だった。ISDNが普及し始めたころ、常時接続が可能になったがパソコンを常時接続していったい何をするのか、必要な時だけつなげばいいじゃないかと疎ましく思ったものだが、今となってはありとあらゆるソフトウェアがいちいちインターネット通信を行い、ネットにつながっていないパソコンなど不便なことこの上無いと誰もが同意する世の中になってしまった。私にはこの世界が予想できていなかった。

 インターネットで通信できることがこんなにも便利に世界を変えてしまうほど大きな意味を持っていたとは、十数年前には私も、ネットをオタクのものだと言った友人も全く理解できていなかった。我々に理解できていなかったその影響を理解していた人がIT長者になったのだ。もしも、今の知識を保持したまま当時にタイムスリップしたら、私にも十分そのチャンスはあったはずだ。しかし当時の私には全く今の世界が見えていなかった。予感すらしていなかったのだ。

 では、次に大きく世界を変えるのはどういうことが考えられるだろうか。ネットによる世界の変革はまだまだ進行中だが、その影響をだれもが認めざるを得なくなっているという現状を見るにつけ、その影響はとりあえずネットが巻き起こす流れに反応しうる範囲には一巡したようにも思える。ITICTの分野で活躍し、情報技術を突き詰めて考えている人たちの間では最近、リアルへの回帰という話が良く聞かれる。ネットで起こる様々な事象をどの様な形で現実世界へ落とし込むかが、次のテーマになっているようだ。ネットで情報を仕入れても、現実世界でその情報を以てどう行動するかを考えなければ情報はただ消費されるばかりである。ソーシャルゲームのガチャガチャを回して絵柄を集めたという収集の事実が現実世界に及ぼす影響は収集した個人の満足感を受けての行動によってのみ生じる。今までは現実世界を情報空間に入力していたが、これからは情報空間から現実世界へのフィードバックの扱い方を考える局面を経て、相互にフィードバックを与え合う複雑系の世界へと突入しているようだ。

 そんなことを考えていた去年の年末に「MAKERS ~21世紀の産業革命が始まる~」を読んだ。「フリー〈無料〉からお金を生みだす新戦略」や「ロングテール~売れない商品」を宝の山に変える新戦略~」の著者であるクリス・アンダーソンの著作である。ロングテールは日本では梅田望夫氏の著書「ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる」で紹介されて以来、各メディアがこぞって取り上げた。フリーで言及されたフリーミアムはサービスの収益化のモデルとして今や当たり前のように世の中にあふれている。トップモデルが着こなしたファッションが流行するように、クリス・アンダーソンが提唱する理論は流行る。本書で語られるMAKERS革命の要点はシンプルだ。つまりはこんな感じ。

  • CADで製品をデザインする。
  • 3Dプリンタ、レーザーカッター、CNC装置で製品を出力する。
  • もっと本格的に製造するなら、CADデーターを業者に渡して生産してもらう。
  • 資金はキックスターターなどのクラウドファウンディングで集める。
  • 電子的な仕組みはarduinoで作る。
  • 制御ソフトも含め、すべてはオープンソースコミュニティーで開発する。
  • これらのやり方で、大企業から個人の手に製造業を取り戻す。
 上記の内容が、西洋の本らしくたくさんの事例と、数え切れぬ参考資料によって、これでもかといった具合に固められていく。ジェニー紡績機と蒸気機関によって波に乗った第一次産業革命と、石油燃料と内燃機関によって波に乗った第二次産業革命が、王族や貴族、エリートたちから富を大衆に広げた。生産性の向上は、大衆に富と余暇をもたらした歴史が紹介されている。しかしその後、手工業から工場へ生産の場が移るにしたがって生産の手段は大衆から奪われた。大企業を頂点とする巨大なピラミッドに支配されている今の世では、働く者の余暇など雀の涙ほどである。情報テクノロジーの目覚ましい発展が第三次産業革命であるとの呼び声が高いが、3Dプリンターなどのデスクトップ型の製造装置による生産手段の一般大衆への回帰によってこそ、第三次産業革命と呼べる変化が起こるのだという。

 さすが、クリス・アンダーソンMAKERS革命は見事に流行っている。日本でも水野操著「デジタルで起業する!」という本が出版されているが事例が日本企業の事例となっているだけで、内容は「MAKERS ~21世紀の産業革命が始まる~」とほぼ同一だ。そんな時代の風を感じてミーハーに流行りに乗るのは多少憚られるが、しかしながら本書で語られる大企業から一般大衆への製造手段の移譲という未来像はとても明るく魅力的であり、説得力があり、心当たりもある。ただ一点、クラウドファウンディングは日本にはなじまないかもしれないと感じた。KickStarterは、代行業者はあるものの日本国内からのプロジェクトの登録はできない。さらに、日本社会ではお金を欲しがることを恥と感じる感覚が異常に強い。もちろん、ただやみくもに金を欲するのは浅ましい以外の何物でもない。しかし、インターネットがいきわたり誰もが無責任に大規模に意見を拡散させることができる世の中においては、安易に攻撃してもいい対象として、あまりにも簡単に金銭的な話題を無差別に叩き過ぎるきらいがある。そんな社会で、クラウドファウンディングを炎上させずに穏便に運営するには卓越した広報とマーケティング技術を要するはずだ。ヴェンチャーキャピタルエンジェルが居ない日本で、より難易度の低い開業資の融資獲得の手段として、胡散臭くないクラウドファウンディングが、健全に日本に根付くことを祈るばかりだ。

 本書の巻末には、一人製造業を始めるために必要なツールが一通り紹介されている。CADソフトは高機能なものがフリーソフト(Autodesk 123Dなど)で存在するし、3Dプリンターも海外業者の組み立てキットを個人輸入すれば7~8万円台で手に入るようになってきた。3Dプリンタの基本技術は紙に印刷する2Dプリンタと同じであるそうだ。エプソンやキャノンなどが安価に3Dプリンタを発売する日ももしかしたら近いかもしれない。また、3Dプリンタ自体がオープンソースのライセンスで開発されている物もあり、腕に覚えのある人なら、材料を自分でそろえて組み上げてしまうことすら可能だろう。arduinoも初心者用の始めようキットが4000円程度で買える。いきなり開業とはいかないまでも、日曜大工や日曜プログラマーの延長で、趣味で週末に何かしら作ってみるというノリでも十分に手が届く価格帯である。専門的な工具や機材をそろえたDIYスペースも、検索してみればたくさんヒットする。効率化が進み、労働人口全員分の雇用などないのが当たり前となったこれからの社会で、生産が個人レベルにまで解放され個人で仕事を作ることが容易な世界でにおいて、自分と大切な人の分だけ稼いで余裕があれば困っている人を助けるくらいの甲斐性を確保できる人間でありたい。会社に依存し雇用されるという手段に頼らずにそれを実現する可能性がこうして提示された事に高揚感を覚えた。会社に無残にリストラされたら路頭に迷う人間が、ほんとに大人だと言えるのだろうか。夢も希望もなく、ただ普通に生活することすらままならない昨今の社会にさす一縷の光のような気がした。

 もちろん、MAKERS革命が可能性を大きく開いたと言っても、習得すべき技術はもちろんある。
arduinoを使うには、電子回路とプログラミングの知識が不可欠だし、3Dプリンターを使用するにも、CADの使い方を知らなければ設計ができない。しかしながら、それでも必要な知識さえ学習し手に入れてしまえば、一人で完成度の高い成果物を完成させることが可能なのだ。今までは何をしても個人が大企業の作る製品と並ぶようなものを作る力を手に入れるのは不可能だった。検討の余地すらなかった。それが、学習さえすれば手に入る。それはものすごいことだ。

 自らの机上に、文字通り机上に何でも作れる技術を手に入れた大衆が、支配者たる大企業を追い落とす、まさに革命と呼ぶにふさわしい。この流れにはいろいろな横やりが入るだろう。既得権益を害する動きであるからだ。すでに、3Dプリンターを用いれば銃が作成できてしまうから規制が必要だ、などという声が上がっている。このような規制を求める声が、これから増えてくるだろう。しかしながら、ITによる情報障壁の決壊と同様に技術による社会変革はもう止めようがないだろう。ならば織り込んでさらに前に進むしかない。机上の空論を、机上の3Dプリンターで具現化できるのだから、何を作らせないかと考えるよりも、何を作るかを考えていた方がよほど前向きであろう。

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