起業家の失敗譚
起業家の失敗譚が自伝の形で出版されることは珍しくない。近年ではシリコンバレーを舞台に手書き入力コンピューターで起業し夢破れたジェリー・カプラン「シリコンバレー・アドベンチャー」や、広告を強制的に表示させることにより無料化したプロバイダーホットカフェで起業し失敗した板倉雄一郎「社長失格」などがある。今回読んだ家入一馬「我が逃走」はそのジャンルの中でも最新の書籍でありレンタルサーバーのロリポップ!やWebショップサービスのBASEなど身近なサービスが実名で登場するし、スタディーギフトの炎上や都知事選など最近の出来事も出てくる。現代の日本が舞台なのでこの本が10年20年と読み継がれることは無くとも、現在の日本を生きる上でのヒントを多く含んでいると、けして大げさでなく感じた。
家入氏といえば、昔ホリエモンのニコニコ生放送で垂れ流されてた飲み会の画像の端っこに映ってたりする昔IT関係で事業やってた人、というイメージしかなかった。しかしこの本を読んで、意外にちゃんと事業をやって成功させた人なんだと認識を改めた。最年少でpaperboy & co.(ペパボ)をJASDAQに上場させた直後に代表取締役を退任したりしなければ、青年実業家として今でもちゃんとやってたんじゃないか、そう思わせる。
最大の失敗
大まかな流れとして、ペパボ創業→ペパボの買収・上京→ペパボ上場→カフェ経営→カフェ経営破綻→ペパボ役職更迭→連続起業→都知事選、という経緯が語られていくが、ペパボ更迭までが前半部分4章までで語られる。その4章までがとてもエキサイティングで面白かった。人の人生にタラればを語るのは失礼にあたるかもしれないが、あえて申し上げるにやはり最大の失敗はペパボの代表取締役を退いてカフェ経営にのめりこんでしまったことだろうと思う。なぜ順風満帆のペパボの代表権を手放してカフェ経営へ軸足を移していったのか。その理由を、家入氏は「上場がゴールではないし、次に行きたいと言うのがあって」と語っているが、上場がゴールでないのであれば、ゴールを目指してペパボ代表権を使って取締役としてそのままゴールを目指せばよいはずだ。そのくだりを読む限りペパボでのゴールを上場に設定してしまっていたからこそゴールを達成してしまったペパボに魅力がなくなり、次へ行きたくなってしまっているように見えた。上場で得た資金を使ってしたい事があったわけではなく、周りの経営者仲間が達成している上場というステータスを得たいと言う動機で株式上場というゴールに到達してしまったがゆえの行き詰まりだろう。ゴール達成によって目指すべきゴールが無くなってしまったからこそ、カフェ経営という次のゴールを設定せざるを得なくなってしまったという風に私の目には映った。それでもカフェ経営がうまくいっていれば、その転換は失敗ではなく成功であったと言えるわけでカフェ経営での散財のほうがペパボ代表取締役退任よりも大きな失敗であるとも考えられる。何をどのように考えるかは結局のところ結果論でしかないのかもしれない。カフェ経営が傾いていく時期も、好きなカフェや海の家などをどんどん作り上げていく過程は間違いなく楽しかっただろうし、盛大に人生を謳歌している。その楽しみの対価として数十億円を使ったと考えれば、私などから見ると盛大な人生を送っているなと羨ましくも思えてくるのである。
失敗後も続く人生
ジェリー・カプラン「シリコンバレー・アドベンチャー」や、板倉雄一郎「社長失格」では起業した会社の破綻が本の結末となっておりそれ以降どうなったのかが知りたければ、次の著書や各人の経歴を追っていくしかないが、家入一馬「我が逃走」においては失敗の後の活動を語るのにに残りの半分が費やされる。カフェ経営破綻の後は、飲食業と言うリアルワールドから再びITサービスの立ち上げに原点回帰し、クラウドファウンディングのCAMPFIREを立ち上げ、BASEの創業者を育てて、駆け込み寺「リバ邸」を作り、都知事選に出馬して落選し、BASEのオフィスの片隅にいるところでこの本は結末を迎える。一旦はITサービスの立ち上げに戻るが、やはりそこから視点がずれて若者の生きづらさの根源でである雇用制度のゆがみや、社会の在り方を是正する方向に意識が向き、その解決方法を模索し始めているが、やはりそれはお金を生み出さず、選挙に受かるほどのムーブメントにもならず、かつて育てた会社の隅に籍を置いているが、金銭的にはなんだか苦しそうだ。それでも私は家入氏がもった社会に対する問題意識は正しいと思うし、それを改善しようとする試みは続けてほしいと思う。駆け込み寺はなんだかヒッピームーブメントに似た臭いがしてしまう。かつてのヒッピーたちは文明を否定するこにより自由になり問題を解決しようとしたが、結局のところヒッピー村は現在ではほぼ壊滅している。リバ邸は文明の利器たるITを用いてただ自由であろうとする試みだと思うが、それぞれが「社会実験や個を切り売り」して経済的に自立することを目指しているという点でヒッピーよりも持続可能性があるのではないかと思う。社会の在り方に対する問題意識から出てきているものであるので、反社会的にならず、そこでどれだけ面白い物を生み出せるかが胡散臭さを排して駆け込み寺で居続けるためのポイントであるように感じた。
これだけ浮き沈みの激しい激動の半生をおくりそれを文章にしながら、この本には嫌味が少ない。さらっと楽しく読める。きっとこの本に書かれていること以外に、氏の人生にはとても本には書けないようなエピソードが山のように起きているだろうことは想像に難くない。本にかける範囲内で本に書くにふさわしい部分のみをくみ取ったこの本の文章だけを見て安易に分かった気になってはいけないのかもしれないが、家入氏のお人よしとも取れる人柄がうかがえた。この本のタイトルをアドルフ・ヒットラー「我が闘争」とひっかけたのも偽悪的だ。ネット上で炎上している姿とは違ったチャーミングな空気が終始漂う自伝である。この本を読んだら、きっと家入氏の秘書に舞い戻った内山さんのファンになる事は間違いない。この本を皆さまはどのように読んだだろうか。