2016-03-08 17:42 by 仁伯爵

サブプライムローンとモーゲージ債とCDOとCDS

 先日、かねてから公開を心待ちにしていた映画「マネー・ショート」を見てきた。公開を首を長くして待っている間に原作本であるマイケル・ルイス著「世紀の空売り」を読んでいたのだが、情報量がとても多く、そのエピソードの一つ一つが面白くかみしめてゆっくり読んでいる間に映画版の公開日になってしまい、映画を見てから原作を読み終えると言う形になってしまった。原作、映画ともにとても面白く、なんで今まで読んでなかったのかと言う気持ちにさせられる。もっと早くに読んでおきたかった。原作本はノンフィクションとして書かれているが、映画版はこれを基にしたフィクションとして描かれているため、本名で描かれる人物と、名前が変えられている人物が混在している。しかしすべての登場人物に実在のモデルが存在しており、監督のアダム・マッケイによると「主にはプライバシーの観点からですね。名前を変えただけで99.9%が実在の人物のままなんですけどね。」(映画パンフレットP.16より)と言う事である。

 2006年から始まった世界金融危機は、日本でも大幅な株安と円高を引き起こし、私のとったロングポジション(買いポジション)をすべて吹き飛ばして、資産のほとんどを無に帰してしまった。この物語は、私がロングポジションを取ってサーバールームの端っこで呆然自失になっていた時に、ショートポジション(売りポジション)をとっていた人たちの物語である。この未曾有の金融危機は本作で描かれる通り、サブプライムローンと呼ばれる信用の低い個人向けの住宅ローンが焦げ付いたことに端を発する。信用力の低い人に住宅ローンなんか貸したらそりゃ焦げ付くだろうと思うのが道理だが、なぜそんなローンを次々と貸し出したのか。それは、貸し出したローンの返済を受ける権利、債権をローンの貸し手が他の人に売り渡すと言う商売があったからだ。焦げ付くことが分かっていても、ローンさえ貸し出して、そのローンの債権を売り払ってしまえば、ローンが焦げ付いた時のリスクは債権を買い取った人が負うことになる。映画の中で白いスーツを着たニヤけた男たちが、「審査書類になにも書き込まないニンジャローンだ。」などとロクに審査もせずにローンを貸し出しまくっていたのは、その債権を投資銀行に売り払って大儲けができたからである。

 ではなぜ焦げ付くリスクの高い債券を買う人がいたのか。それは金融工学によってそのリスクを回避する方法が編み出されていたからだ。それがMBS(Mortgage Backed Securities不動産担保証券)である。平たく言えば、たくさんのローン債権を買ってきて、ひとくくりにすると、ちゃんと返済されて利子も支払われたローンで出た利益が、焦げ付いたローンで出た損失を上回るので損をしないという発想だ。何千件もの債権をひとくくりにしたものをプールと言い、そのプールに対する請求権を細かく切り刻んで売りに出したものが、モーゲージ債というわけだ。さらにモーゲージ債のうち、格付けが低く焦げ付く可能性の高いものを百個ほど束ねて、リスクを分散したように見せかけるのが、CDO(Collateralized Debt Obligation債務担保証券)だ。アンソニー・ボーデインが腐った魚で作ったシチューで説明していたのがCDOである。これらの80%に対して、ムーディーズやS&Pといった格付け機関が最上位であるトリプルAの格付けを惜しみなく与えたので、それを取引する市場が膨れ上がっていく。サブプライムローンがいずれ焦げ付き、モーゲージ債の価値がゼロになると見抜いていたのがこの映画の主役たちであり、いずれ焦げ付くモーゲージ債の中でも格付けの低いローンが固められていたCDOの価値が大暴落する方に賭けたのである。

 通常、値下がりする金融商品で利益を出すには、ショート(空売り)すればいい。たとえば、この原作本「世紀の空売り」994円が、発売からしばらくして600円に値下がりするのを見越してそれで儲けたければ、994円で売れるうちにこの本を持ってる人から借りてきて994円で売り払ってしまい、600円になったところで買い戻し、持ち主にそれを返せば394円儲かる。本の持ち主は、値下がり値上がりに関わらず、貸し出した期間に応じて貸出料を受け取る。これが空売りであるが、モーゲージ債やそのCDOに対して空売りを仕掛ける手段が無かったので、サイオンキャピタルのマイケル・バーリがモーゲージ債やそのCDOの貸し倒れに対して保険を掛けて、空売りと同じ効果を出すことを思いつく。その保険契約がCDS(Credit default swapクレジット・デフォルト・スワップ)である。ローンが債務不履行となり、債権の価値がなくなってしまった場合、受け取れるはずだった金額が保障される代わりに、毎年保険を掛けた金額に応じた保険料を支払う契約だ。もともとは、債権の貸し倒れリスクに対するヘッジとして利用されるべきものだが、このCDSのすごいところは債権を持ってなくても、その債権に対してCDSを購入できると言う所だ。実際、この物語の主人公たちはモーゲージ債に賭けられたCDSは所有していたが、モーゲージ債そのものは持っていなかった。赤の他人が死にそうな人に勝手に生命保険を掛けるようなものだ。

サブプライム・ショックとリーマン・ショック

 まず、2006年に釣り金利ローンと言われた、最初は安い固定金利で2年後に一気に高い変動金利に移行する、と言う凶悪な契約のサブプライムローンが焦げ付き始め、隠れていたリスクが顕在化し、債券市場が凍り付くサブプライムショックが起きる。その後なぜか市場が持ち直し始める。マイケル・バーリがCDSの引き受け手の投資銀行に電話をかけて価格交渉をしていたのがこの時期だ。CDSは保険なので賭けた債権の価値が0になれば、保険を受け取れるが、その権利、つまりCDSの所有権そのものを売買することももちろんできる。CDSは債権が焦げ付く危険性が高まれば高まるほど価格が上がるはずだが、CDSは市場で取引されておらず、投資銀行とマイケル・バーリのサイオン・キャピタルが直接取引する相対取引(オーバー・ザ・カウンター)なので、その価格は両者の交渉により決まる。CDSの価格が下がれば、バーリがCDSの引き受け先の投資銀行に担保を差し入れる必要があり、逆にCDSの価格が上がれば担保を取り返すことができる契約になっていた。さらに、バーリの顧客はバーリがCDSに投資しているのを快く思っておらず、資産を引き出す動きを見せていた。そうなると年二回の保険料の支払いが苦しくなるだけでなく、資金を引き上げられて自己資本比率が下がると、投資銀行側はバーリとのCDSの契約自体をなかったことにできると言う契約になっており、よって投資銀行はCDSの価格をあげたがらず、バーリはCDSの価格が上がらなければ破綻する可能性があったのだ。そのため、サブプライムショックが訪れたにもかかわらず、様々な理由を付けてバーリが買ったCDSの価格が上がったことを認めない投資銀行を相手にバーリが途方に暮れていると言うのがあのシーンの意味するところだ。フロントポイント・パートナーズのマーク・バウム(スティーブ・アイズマン)も、顧客から追及されてはいなかったが、彼らはモルガン・スタンレーの傘下の組織であり、モルガン・スタンレーからリスク管理担当がCDSでリスクを取りすぎているのではないかと怒鳴り込んでくる。それが、「良く息が続くよな」と言われていたあの黒人女性だ。しかし彼らは独立採算であり、モルガン・スタンレーに対する帰属意識は低く、「余計なお世話だ」とリスク管理担当をいつも追い返してた、と言うあのシーンもこのころの話だ。

 その後、サブプライムローンで作られたモーゲージ債やCDOを買っていた投資銀行が大きな損失を出すことが確定し始める。この段になって初めてCDSの価値が認められ始め、CDOで大損を出しそうな方面からCDSを買いたいと言いう問い合わせが来るようになる。これで目出度く、CDSを購入していた物語の主人公たちが大逆転かと思いきやそう簡単にはいかない。CDSは保険契約なので、保険の引き受け手に軒並み焦げ付いたモーゲージ債に対するCDSの保険金支払い義務が殺到したら、保険金を払いきれずに破産しそうになってくる。そうなるといくらCDSを持っていても意味がない。そうなる前に一刻も早くこれがもうすぐ紙くずになると買い手に悟られずにCDSを売り払わなければならない。そのためコーンウォール・キャピタルのベン・リカード(ベン・ホケット)は休暇中の妻の実家があるイギリスの片田舎のインターネット環境のあるパプの一角で8000万ドルで手持ちのCDSを大急ぎで売り払ったのだ。フロントポイント・パートナーズのマーク・バウム(スティーブ・アイズマン)も、詐欺的な取引を行っていた面々に対する義憤に駆られてCDSを持ち続けて制裁を加えてやりたいという思いとを持ちつつも電話で説得されて、CDSが売れるうちに売り払う事に同意し、制裁を与えるどころか世界の破綻にかけて大儲けしてしまったと言う自責の念に駆られて苦悩する、と言うのがあのテラスのシーンだ。
 そして、モーゲージ債関連の債券を買っていた投資銀行だけでなく、CDSと言う名の保険を引き受け、保険金を支払う義務を負った投資銀行までもが、その巨額な支払い義務に押しつぶされて軒並み潰れかけた。そのほとんどが公的資金投入によって延命するが、リーマン・ブラザーズを救済するかどうかで大もめにもめた結果、リーマンブラザーズは救済されなかった。その事実が市場に大きな動揺を与えてリーマンショックとなり、完全に債券市場が流動性を失う。さらにそれが欧州に飛び火してギリシャショック、アイスランドの預金封鎖などなど、ありとあらゆる金融危機を引き起こして9年たった2016年現在でもなお危機を収束できずにいる。日本はというと、危機直後はデリバティブ商品を扱うノウハウを持った金融機関が無かったため、比較的軽傷で済むかと思われていた。たしかに、デリバティブを作る能力が無かったため金融機関はリーマンブラザーズやベアスターンズのような破綻は起こらなかったが、海外の金融機関が作ったデリバティブ商品の買い手として農協や大学、病院などの公益法人までもが運用していた資産の中にデリバティブ商品を買っていて損失を出したとニュースで報じられた。原作本は破綻が明確になったCDOを売りつけられる最後のカモとして、スイスのUBSと並んでみずほ証券が出てくる。アメリカ発の債権市場の機能不全が全世界に波及する中で日本も次第に窮地に追い込まれて今に至っている。今も債券市場はとても健全化したとはお世辞にも言い難い状況だ。日本銀行やECBがQEをやめて国債を買うのをやめてしまったら、日本国債や米国債は買い手を失って暴落するだろう。流動性が無いのだ。FRBが早々とQEをやめてあまつさえ利上げするなどと言う事が出来たのは、日銀とECBにQEを肩代わりさせているからに過ぎない。いまだ世界の金融はは風前の灯火だ。

世界の破綻に賭けるのは正義か否か

 ブラッド・ピット演じるコーンウォール・キャピタルのベン・リカードは、ラスベガスでモーゲージ債関連の債権が暴落すると確信をもってそのCDSを買い増すことに成功して浮かれていたチャーリー・ゲラーとジェレミー・シプリーに対して、「どれだけの人が財産を失ったと思ってるんだ。浮かれるな。」との旨の発言をしてたしなめるシーンがあるが、引退してウォール街と距離を置いていると言う映画の設定は、原作にでてくるベン・ホケットの人物像とは少々異なる印象がある。チャーリー・ゲラーが「あんたを巻き込まない」と発言して協力するように説得するシーンもあるが、実際にはベン・ホケットはその前からチャーリー・レドリーに勧誘されてコーンウォール・キャピタルに参加していて、サブプライム騒動時だけの助っ人ではない。そもそもジェレミー・シプリーのモデルであるジェイミー・マイはラスベガスの懇談会には行っていないので、あのシーンは映画での創作だ。この映画はブラッド・ピットの映画製作会社であるプランBエンターテイメントがパラマウント・ピクチャーズと組んで映画化しようとしていたところにアダム・マッケイが監督に名乗りを上げて制作された(映画パンフレットp.19より)らしい。プロデューサーとしても名を連ねているブラッド・ピットが大衆受けするように良い役どころとして脚色を加えたのだろう。むしろ、正義漢なのは、チャーリー・ゲラーのモデルとなったチャーリー・レドリーとジェレミー・シプリーのモデルとなったジェイミー・マイの二人の方であろう。彼らは、モーゲージ債のCDSの100万ドルの賭けで8000万ドル以上の利益を上げた後、金融システムを腐りきったシステムと捉えて、ムーディーズとS&Pを相手取った訴訟を起こそうとしたり、トリプルAの格付けの有価証券への投資で損失を出した投資家に収益を寄付することだけを目的とした非営利団体を設立しようとした。チャーリー・レドリーが学生時代に指導を受けた著名な経済史学者は、チャーリー・レドリーが金融危機の到来を事前に察知したことについて、「実利主義的な部分を全く感じさせない男です。どう見ても金で動いているわけではない。熱血漢でした。人倫上の問題だとみていたのでしょう」と語る。

 フロントポイント・パートナーズのマーク・バウム(スティーブ・アイズマン)も独自の強い倫理上の規範をもってる人物として描かれている。モーゲージ債が詐欺的な商品であると言う事を察知していたものの、ドイツ銀行のシャレド・ベネット(グレッグ・リップマン)にCDSでショートポジションを仕掛けないかと話を持ってこられたときには、話がうますぎるので何か裏があるのではないかと警戒していた。迷った結果、CDSを買う事に決めた理由の一つが、詐欺的な方法で儲けを出している腐ったウォール街に制裁を与ようと義憤に駆られてという動機があった。ラスベガスで徳永英明の「最後の言い訳」がながれる日本料理店「Nobu」(原作では「オカダ・レストラン」)で、ハーディング・アドヴァイザリーのウィン・チャウとなのるアジア系のCDOマネージャーと話した後、CDOのリスクは顧客に付け回せばいいと豪語するその男を指して「この人の持っている商品を全部ショートしたい。どんな証券でも。」とグレッグ・リップマンに大真面目で申し出たと言う。不適格な相手に分不相応な家を買わせるために金を貸し付けるだけでは飽き足らずCDSを使ってコピーを捏造し売りさばいていたこのシステムと敵対することを望んでおり、それを正しい事だと信じていた。間違ったシステムに罰を与える手段がショートすることだったのだ。その後も、ベアー・スターンズの株を1株だけ買ったうえで、ベアー・スターンズの大株主であるビル・ミラーとのパネル・ディスカッションで金融システムをこき下ろし、ベアー・スターンズの株を大暴落させている。義憤から臨席する大物すべてにかみついていた。

 しかし、軽薄なCDOマネージャー、ウィン・チャウとの会話から、CDSがモーゲージ債をコピーする手段として使われていることを知る事になる。信用力のある人間に貸せるだけ貸してしまったので、信用力のない人間にロクな審査もせずに貸し付けたが、それでもそれらのローンから作られるデリバティブでは市場参加者の欲を満たすだけの商品の数を用意できないので、金融工学をこねくり回して債券を使ってどんどんは派生商品を作ってコピーしていった。その材料としてCDSが求められており、それゆえモーゲージ債にショートする面々とのCDSを受ける側が存在できたのだ。金融システムに制裁を加えようとして買ったCDSが、金融システムを回す片棒を担がされることになっていた。詐欺的な金融システムに怒り、敵対することを選んだ結果、自分たちもウォール街に染まってしまっており、もはや自己を正当化することが難しくなっていく。

サブプライムローンなどのデリバティブは悪か否か

 では、サブプライムローンやモーゲージ債などのデリバティブ商品が悪かったのか。一概にそうとは言えない。ローンをプールにまとめて債券化しモーゲージ債として売れば、実際に貸し倒れリスクが分散されるのは明白だ。それによって、プライムローンを借りられなかった層にも住宅に手が届くようになる。貸倒率が全体の5%程度に抑えられていれば、モーゲージ債は住宅ローン市場の効率化に貢献し、借り手にも貸し手にもメリットがあったはずだ。
 多額の借金を背負ったサブプライムローンの借り手も、釣り金利で金利が高くなる前に別のローンに借り換えることを永遠に繰り返していけば、破産などする必要が無くローンも焦げ付かなかった。もちろん、借り換えのたびに金利や手数料分ずつ借りるローンの額が増えていかざるを得ず、借りる必要がある額がその人の信用を上回った時点で破綻する。だが、無審査でローンを提供するなら、それは相手に無限の信用を与えていることに同義だ。無限の信用があるならローンの額が極大化しても破綻せず、ローンの額が大きくなればなるほど、マネーの供給量が増え、作れる金融派生商品の量も増やせる。そんな世界はマネーの供給量が肥大化するのでインフレの世の中になるが、無限の借り入れが可能なうえに、増えたマネーがすべての人に行きわたるならば、デノミを繰り返せば今の物価水準を維持できるだろう。インフレかデフレかなんて貨幣価値の上下でしかないのだから。

 もちろん、こんな話は机上の空論だ。しかし机上の数学では論理的に成り立つ。実際に無限の借り換えを、国は国債の償還と借り換えを繰り返すと言う形で実践している。あれほどの収入を大幅に上回る債務を抱えても国家が倒れないのは無限に近い信用があり、発行した国債に買い手がつくからだ。ホントに国債が償還されるのかとの疑いが国家に向けられ、国債の買い手がいなくなり、銀行や中央銀行に買い入れを強制できなくなれば、その連鎖は国家の即デフォルト(債務不履行)につながる。実際にデフォルトに陥った国家は枚挙にいとまがない。

 もし金融システムを人類ではなく純粋に感情を抜きに合理的な判断しかしないAIや、行動経済学で想定されるエコン(経済人)が住む世界で運用していたら、皆が幸せに豊かに出来ていた可能性がある。しかしヒューマン(自然人)である我々は、自分の収入で返せる以上の借金をすることは許せないし、返す能力のない人に多額のローンを貸し付けることは許せない。社会全体の効率よりも、自分の利益の最大化に余念がなく、自己の利益の為なら金融を取引相手を嵌める罠として使ってしまう。そうして各々が自分がやっていることの意味を理解できぬほどの複雑化してしまったシステムにおいて個々の最適化の末に合成の誤謬によって破綻してしまい、リスクを分散させるシステムだったはずが、リスクを拡散させてしまった。分散してみんなですこしずつ持ったリスクが極大化したら、みんな揃って共倒れしてしまうのだ。

 CDSが無ければモーゲージ債を買った人だけが損をして終わったかもしれない。モーゲージ債が無ければ、ローンの貸し元(オリジネーター)だけが破産して終わっただろう。その代り、そういったデリバティブが無ければ、ローンの貸し出し審査は厳しく信用力のある人しかお金を借りることができない、貧乏人のローン申し込みは門前払いされる世界となる。そんな世界が健全で、金融など虚業なので製造業を元気にさせなければならない等と言うのは簡単でだれもが直感的に受け入れやすいが、果たして本当だろうか。世界経済を豊かにしていくためには、途上国の経済発展が不可欠だが、地球上の資源には限りがあり、世界中の人が先進国なみに製造業を発達させて、物を大量に作って大量に消費する社会にできるほどの余裕はもはやない。先進国は、物理資源を節約しつつ、価値を生み出し経済を回すための解決策として、情報空間上で価値を生み出すことのできるIT(情報通信技術)や金融を発展させてきたという側面があったはずだ。製造業ももちろん大事だが、ITや金融を虚業と切り捨て、製造業だけに力を入れて経済発展しようと言うのは、金融だけで経済発展しようと言うのと同じくらい無理がある。高度な数学で作られた金融システムを運用するには我々は何も知らなさすぎるのかもしれない。

そして誰も責任を負わなかった

 映画の監督であるアダム・マッケイはパンフレットのインタビューで以下のように語っている。


全員と夕飯をご一緒しました。もちろん別々にね(笑)。すごくためになりましたよ。というのも彼ら全員がいまだに当惑してるって感じが見受けられたんです。あの人たちは、金融市場を本気で信じて、市場がちゃんと機能してると思ってたわけです。ところが、金融システムは想像以上に腐りきってた。多くは業界から足を洗いました。残った人も、ビジネスを縮小したりしました。みんな、それなりに打撃を受けたんです。そしてそのだれもが、今もってなお、完全に呆れてるのが、一人も逮捕者が出ず、目立った法改正がないこと。(映画パンフレットp.16より)

 日本では責任の所在があいまいで問題が起きてもだれも責任を取らない、などと語られることが多いが、それは日本に限った話ではなかった。アメリカもそうだったのだ。いやアメリカの方がもっとひどかったと言って差し支えなさそうだ。あれだけ盛大に大失敗して置いて、誰も逮捕者が出ず、法改正もない。この物語の登場人物は、何とかぎりぎりで逃げのびて巨万の富を得たが、結局バーリは顧客にボコボコにされてファンドを閉鎖するし、チャーリーとジェイミーは格付け機関を訴えようとして弁護士に相談するも、「車を改造して事故ったからといって車雑誌を訴えるようなものだ」と取り合ってもらえなかった。唯一アイズマンは金融危機を言い当てたとして発言力を強め、ビル・ミラーとのパネル・ディスカッションをはじめ発言の場に引っ張り出されるようになっており成功しているように見える。しかし、金融システムがほぼ無傷で温存されていることに、無力感を感じずにはいられないようだ。映画「ウォール街」のゴードン・ゲッコーや、「ウルフ・オブ・ウォールストリート」のジョーダン・ベルフォートは捕まって刑務所に入るが、この物語の悪役である金融システムは政府の介入により救済された。最初にサブプライム業者が壊滅したのはアイズマンがサブプライムローンのオリジネーターをごみ扱いしたレポートを出した1997年だ。サブプライムローン業界が破綻したのは2006年のサブプライムショックのときで2回目だ。そこから誰も逮捕されず法改正もされていない現状を見るに、2度あることは3度ある。

 今年に入ってから、どうやら国際金融の世界がまたまたきな臭い。原油安でシェールオイル関連企業が倒産した結果、ハイイールド債として取引されていたその関連社債が焦げ付き、債券市場の流動性に影響を与えるのではないかと危惧されている。おそらくまた、サブプライムショックやリーマンショックとは比べ物にならないショックが近々訪れることは間違いなさそうだ。だからと言って何にショートするか、何をロングするか、選択を誤ればまた全財産を吹き飛ばすことになるだろう。危機の予想が当たっても、底に至る過程で何が起こるかを想定するのは非常に難しいのだ。ゴードン・ゲッコーが華麗に金融業界に返り咲いた映画「ウォール街」続編「ウォール・ストリート」では、次世代エネルギーと金(ゴールド)に投資するようにほのめかしていた。「マネー・ショート」の最後には、次のターゲットは水だというメッセージがちょこっと出ていた。次の金融危機では相場に障っていない人にも明確な影響が出るだろう。危機が到来したら、何をショートし、何をロングすればよかったか簡単にわかるだろう。だがことが起こる前の今、いったい何を準備すべきか皆目見当がつかない。見当がつかないなりにもできることはやっておこうと思う。2016年の今、この映画を見る意味はきっとあった。そう思える映画であった。Twitter上ではこの映画について、難しくてわからなかったという声が多く、「このシーンはどういう意味だったの?」と言う疑問があれば、コメント欄にお書きいただければもしかしたら解説のお役に立てるかもしれない。また、この記事は金融機関での業務経験のない金融の素人が独学で書いたものだ。多くの誤りを含んでいるだろうが、お気づきの方はご指摘いただければ幸いである。個人的にはたいへん楽しませてもらったが、皆さまはどうご覧になっただろうか。

6 件のコメント!

  • 本日映画鑑賞しました。
    金融業界とは程遠い者ですが、独学で金融を勉強をしていて、こちらの公開を待ち望んでいました。
    しかし、作中に説明があるものの、思考が追いつかず分からない箇所が沢山。
    帰宅後にネットサーフィンでこちらを発見。
    とてもとても分かりやすく、この知識をお金も取らずブログで公開しているなんて変わった人だなぁと失礼ながら思いつつ、ブックマークさせて頂きました。
    ありがとうございました。

    • コメントありがとうございます。
      私も独学なのに偉そうなことを書いてしまっておりお恥ずかしい限りです。
      この記事は話半分に読んでいただければと思います。
      今後もたまに記事書いていきますので、どうぞご贔屓に。

  • こんばんは、少し前に映画鑑賞しました。
    わからない箇所がありましたが、こちらのブログでとても丁寧に説明されており理解することができました。
    ありがとうございます。
    一つ質問なんですが結果CDSはどうなったんですか?
    劇中に出ている3組の持っていたCDSは他に売りましたよね、紙くずになる前に。

    • CDSは相対取引なので実際どうなったかは取引してた当事者しか知らない事だと思います。
      しかし推測するに、交渉で減額したもの、きっちり支払われたもの、引き受け手が倒産して支払われなかったもの等々
      色んなケースがあったんじゃないでしょうか。
      劇中でバーリは、途中で資金に困って売り払ったもの以外は最後まで所有して利益を上げてましたよね。

  • この週末で映画を見たのですが、CDSが最終的にどうなったのか気になり調べていたところこのブログにたどり着きました。非常にわかりやすい解説ありがとうございます。

    「次のターゲットは水」というのは結局どういうことだとお考えなのですか?

    • コメントありがとうございます。
      映画の最後にマイケル・バーリが水に注目していると言及されている件ですね。
      マイケル・バーリや本作でショートを仕掛けてた面々の投資方法はデータを集めまくって、まだ人が気づいていない市場の偏りを見つけて仕込んでいくという方法がとられていますので、おそらく水関連で過大に高く評価されていたり、過小に低く評価されてるものを見つけたと云う事なのだと思います。

      将来的に水が不足するということが言われ始めていますが、それでもまだまだ水の価値が実際より低く評価されている証拠を見つけたか、もしくはその逆で水不足をあおる言説がそもそも仕掛けで現状の水の価値が過大に評価されておりいずれ値崩れを起こす可能性を見つけたのか、そのどちらかなのではないかと思います。

      ネットで水ビジネス関連を検索してみると、どこを見ても水の値上がりを示す情報しかありませんので、おそらくはそれらの穴を見つけ、暴落の可能性を見つけたのではないか、と個人的には思っておりますが私自身、そのような兆候のかけらも見つけておりませんので、真逆の値上がりの方向性を見つけたのだという可能性も十分にあると思っています。

      長々と書きましたが、要するに「正直わからん。」ということです。
      答えになっておりますでしょうか。あいまいな回答で申し訳ございません。
      ともあれ、水とゴールドの値動きに関しては注目していきたいと考えております。

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