この物語は、事実をもとにしたフィクションです。 出来事は事実ですが、登場人物の口調、言い回し、および推察や著者が受けた印象に関する部分は個人の感想や心象であり、客観的事実ではありません。
光電話HGWとRTX810との別れ
我が家のネット環境はNTT西日本のフレッツ光ハイスピード隼プランである。長らく400番台の型番がついた第4世代の光電話HGW(ホームゲートウェイ)をNTT西日本からレンタルしてONUポートから引っ張り出したへその緒みたいなケーブルをRTX810につないでVPN環境を謳歌していた.
しかし、光電話を使っているのでHUBで枝分けしてHGWに戻して電話が使えるようにしていたり、かなり実装が無理くり感が否めず、ネットワーク回りの機器がごちゃごちゃしすぎているなぁと感じていた。さらにHGWとRTX810でIPv6のPrefixを奪い合う問題などもあり、どうにかすっきりさせたいと考えていながら、まあ使えてるからいいかとほったらかしにしていた。
そんな状況を一発で解決するソリューションは、4年前から存在していた。フレッツ光のONU(光回線終端装置 Optical Network Unit)を、SFP+スロットに収納できる小型ONUに置き換えれば、HGWとRTX810の2台を、YAMAHAのVoIPルーターであるNVR700W一台に置き換えることが可能となるのである。 NVR700W は、光電話に対応していて電話もうけられて、各種VPNもばっちりなうえに、SIMを入れれば4Gのモバイル回線でインターネット回線を冗長化できるというフラグシップ機である。そして何よりうれしいのがWAN側のインターフェースとして小型ONU用のSFP+スロットが用意されていて、本体の中に小型ONUを収納できてしまうのだ!すごい!小型ONUの対応は一つ下のグレードであるNVR510でも可能なのだが、IPsecが使えないのがネックとなり、うちの環境ではNVR700Wを入手することにした。
小型ONU未開の地、西日本
小型ONUの提供が2015年6月30日からNTT東日本にて開始された時、東日本の国民は歓喜し喜びの声がネットにあふれ東日本は祝福に包まれた。しかしその後もNTT西日本では長らく小型ONUの提供予定はないとアナウンスされ続けることになる。楽園は東日本にしかもたらされなかったのだ。 民営化に伴う分社化による地域独占制で全国一律同一レベルのサービスが受けられなくなっているのだ。NTT東西は別会社なので同じレベルのサービスが提供される保証はない。インフラ民営化の弊害がこのような形で現れることは西日本では珍いことではない。これを西日本の悲劇という。
鉄道会社で自動改札を日本で初めて導入したのは阪急電鉄だった。しかしその後、 磁気カードに固執するあまりに Suicaによる非接触型の決済でJR東日本にあっさり追い抜かれ置いて行かれた後は一気に差を付けられ、もう追いつくことはできなかった。JR東日本の支配地域においてモバイルSuicaでガラケーやスマホなどのケータイを使って決済ができる状況が出現して10数年以上が経過してもなお、技術的制約からモバイルICOCAは存在しない。西日本の民はおサイフケータイ付きの携帯端末にあまり魅力を感じていない。なぜか。それはモバイルICOCAが無いからだ!一部の物好きがJR西日本の支配地域に住みながらにしてJR東日本のモバイルSuicaを裏切り者の汚名をかぶり迫害を恐れつつ使用しているのみである。西日本には技術革新の恩恵がない。
民営化の弊害に限ったことではない西日本ではTVドラマやアニメは1週間遅れで放送される。日本で真に技術革新の恩恵を受け、文化的な生活を送るためには東日本に、さらには首都圏に住む以外にない。この国においてインフラの更新は止まって久しい。海外から来る旅行者は最先端の進んだ国を楽しみに来るのではない。時間の止まったレトロな街並みを持つ国である日本の古臭さを楽しみに来るのだ。この国の地方においては、ネットで首都圏に展開されるサービスを知りつつも決して手が届かない。そのさらに後ろに取り残されたままとなる。虐げられることに慣れ過ぎた西日本の民はもう抗うことすら諦めていたのである。「小型ONUの提供予定はない」とのアナウンスにうなだれつつ従順に従うのみであった。
小型ONU、西日本上陸の奇跡
だがこの春、ネット上をNTT西日本が小型ONUの提供を開始するというニュースがセンセーショナルに駆け抜けた。ついにNTT西日本が2019年7月1日より、小型ONUの提供を開始すると発表したのだ。
なぜ今、長らくかたくなに拒否し続けた小型ONU提供が突如として実現したのか。 レジスタンスの活動が実を結んだのか、連日のデモや抗議活動の結果なのか、 粘り強いロビー活動の成果か、反小型ONU過激派取締役の失脚か、巨大化し複雑化し過ぎた意思決定プロセスの中で、誰もその真相を知る者はいない。この国の上層部で高度に政治的な判断が行われたのであろうことだけはうかがい知れる。結果として我々は、虐げられた屈辱の4年を乗り越えて、ついに人権(小型ONU)の入手にチャレンジする機会を得た。
なぜチャレンジする機会を得たなどと回りくどい表現をしなければならないかというと、小型ONUの提供をNTT西日本に申し込んだとしても必ずしも応じられるとは限らないからだ。これは東日本で提供が開始された時と同じようだ。検索サイトで小型ONUと検索すると、申込時の悲喜こもごもを垣間見ることができる。「個人には提供していない」「個人にも提供された」「提供できないエリアがある」「回線の新規申し込みでは提供できない」「新規申し込みでもいけた」「NTTは小型ONUの提供を嫌がっているようだ」などなど、様々な情報が入り乱れている。それらの話を総合すると、問い合わせを行う窓口によっていうことが違う、さらに、同じ窓口でも電話に出る人間によって言うことが違う、そのうえ、「上に確認しますので少々お待ちください」と言って確認しに行った上の人によって言うことが違う、ということのようだ。同じ窓口でも繰り返し何度も申し込むことによって提供される場合もあるらしい。NTTが窓口業務を外注している子会社とNTTとの間で情報の並列化を行うことができていない、もしくは、意図的に窓口ではぐらかすことを業務の一部としておりはぐらかし方は窓口の各個人に任せられているために説明がちぐはぐとなる、のどちらかであると推察される。属人的で恣意的なオペレーションにより申し込めば提供されるというものではなくなっており、結局のところ小型ONUが提供されるかどうかは運まかせなのである。
そんな西日本での人権を守るべく、小型ONUガチャに電話申し込みしてチャレンジしてみた。以下はその電話内容の要約である。プライバシーを保護する為、声を変換して放送するのと同じ理屈で、口調を変換して記載するが話の内容やニュアンスはおそらく伝わると思う。上記のリンクに記載があるNTT西日本の電話窓口に電話して、要件を選択して番号を入力する自動音声のガイダンスに従ったのち、やっと人間のオペレーターにつながった。
一つ一つの返答を間違えれば成功には至らず、かといって虚偽の回答をするわけにもいかない、そんなハイコンテクストな言葉の応酬、 言葉の端々まで余さずとらえ、読み違うことが許されないプロネゴシエーターの仕事の一端をご覧いただけたことと思う。 ポイントはNTT西日本は小型ONUの提供に消極的だが、オペレーターさんは小型ONUの提供に協力的であったのではないかという点だ。窓口の現場ではなるべく小型ONUを提供しないオペレーションが行われているようだが、オペレーターさんが「この客は小型ONUのために高価な機材をもう買ってしまった」というストーリーを組み立て、こちらの言質をうまく引き出して上を説得する材料としてつかってくれたのではないか、という感触があった。2度にわたって保留音を聞き続ける時間があったことを鑑みるに、すんなりと小型ONUの提供が許可されたわけではなさそうだ。小型ONUの提供が拒否されれば客が電話口でごねるのは容易に想像がつく。ごねる客を相手にするより、うまく上を説得したほうが業務的な負担は少なく、許可される条件は分っているのでそのように客を誘導すればいいという末端の作業者としてプロの判断があったのではないか。この推測が正しければ、今回電話の相手となったオペレーターさんはかなり仕事のできる要領の良い人物だったようだ。そのような人物に当たったことは幸運としか言いようがない。
かくして小型ONUの申し込みに成功した。 いったん旧回線と新回線の回線移転という扱いになるようで、 その後、NTTとプロバイダーからそれぞれ申込内容確認とご利用開始のお知らせのでっかい書類が封筒で届く。その際にとどくプロバイダーからのメールには移転先での回線不適合となった場合、元のプランに切り戻すことはできないとの注意書きがあった。元に戻したいと願ってもプロバイダーは対応せず、ネットの継続利用をしたければいったん解約して新規契約を結ぶことになるということのようだった。これらの対応から、小型ONUを申し込んだはいいものの使い方が分からず に対応を求めてクレーマー化する顧客が発生することを警戒している様子がうかがえる。「お前が申し込んだことの意味、ほんとにわかってんのか?ちゃんと使えんの?イモ引いて引き返すなら今やぞ?」という侮辱にも似た 言外の プレッシャーを随所に感じた。据え置き型のONUをSFP+の小型ONUに変更することを申し込んだだけでここまでコケにされなければならぬのか、我々百姓は人間ではないのか、武士だけが人間だとでもいうのか。日本の夜明けはまだか。
工事担当業者の襲来
電話での攻防から3週間、ついに小型ONUが我がもとにやってきた。予約を入れた時間に工事用の工具を満載したバンが家の前に止まり、やってきた作業員さんを受け入れたところ、作業員さんが言うには「宅内回線移設だと聞いている。どこからどこへ移すのか、1階に引き込んでいるあの線を2階に移すのか?そもさん!早う申せ。」とのことだったので、既存の回線の先っちょのONUだけ小型ONUに付け替えてほしい旨、一から説明しなおす必要があった。ひとしきり説明し、納得してもらって既存の光電話HGWの取り外しと、小型ONUの取り付けが行われたのである。
作業中に、横で作業を見ながら雑談したなかで作業員さんが言っていたところによると、この作業が行われていた時点では関西で小型ONUが提供された数は数件ほどしかないということだった。担当してくれた作業員さん自身、小型ONUの存在を知ったのは、この作業の予約が入る3日前に突然NTTから通達が来て知らされた時であるとのことだった。それはとっくに提供開始日である7月1日を過ぎていた。小型ONUの存在を初めて認知し、どういうものかを理解した時、「HGWの設置もせずにそんな状態で客のところに置いてくなんて!」という否定的な見解で 事業所内が 一致し、ざわついたという。彼自身も、いきなり通達が来たこと、小型ONUを大仰に鍵付きのロッカーで保管しなければならなかったこと、今までの業務とやり方が違いすぎる事などに不満を持っており、今回の作業も不本意ながら上から言われたので仕方なく行うといった心境を語ってくれた。
そんな会話をしつつ、先っちょを小型ONUに交換して、小型ONUテスト用とでかでかとテプラが張られた光電話HGWに小型ONUを刺して電話の発着信とネットワーク疎通を行った後、引き渡しとなった。テストに使われたのは「 第6世代のHGWだ!」と言っていたので おそらくRS-500番台の光電話HGWではないかと思われる。NTT西日本でも小型ONUの提供が始まったのでこれから第6世代が普及していくと、付随して小型ONUも普及していき徐々に据え置き型から小型ONUに置き換えていくという計画なのではないかと推察できる。
電話とネットワークの確認が取れたとのことなのでお引き取りいただこうと思ったが、作業員さんの方から「初めてのこと故、ルーターの設定作業の見学を所望する」と言われたので、NVR700Wの設定をいったん初期化し、コマンドラインでLAN2ではなくONU1で光電話とプロバイダーへのPPPoEの接続までをご覧いただこうとしたところ、「いやいや、そのようなものは分らぬ!我が専門分野ではない!」と言われたのでGUIでの設定に切り替え、インターネットにつながった様子と、電話の発着信ができる事を実演して差し上げたところ、自身から作業の見学を申し出たにもかかわらず「作業、しかと見たが得るものは何もなかったわ!」とのお言葉をいただいた。その捨て台詞を吐いた後、作業員さんはそそくさと撤収していった。
察するに、HGWの設置作業をせずに客が自前のルーターでネットワークにちゃんとつなげられるのかどうかを確認したかったものと思われる。設定できない場合はその場で切り戻し、設定できた場合でも不安要素を見出して小型ONUの客への提供に対する否定的な意見を、西日本で小型ONU作業を初期に行った現場担当者として、上への報告に盛り込む心づもりであったのだろう。現に作業中にも様子をうかがう電話が彼の携帯にたびたび掛かっており、「珍しい作業故、同僚が様子を知りたがっておるわ!わはは!」となどと得意げに言っていた。光電話とPPPoEの設定など光電話HGWの設定と大差なく、何も否定的に報告するような事柄を見つけられなかったが故の「得るものは何も無かったわ!」という発言なのだろう。うぬの為に見ていてやったのだという思いと、時間を割いたにもかかわらず自分の思い通りの材料が得られず苛立った様子が感じ取れた。 民営化されて別会社に分かれたとはいえ、HGWは東西で共通している。 東西のシステムも統一されたりしており、 第6世代のHGWからは小型ONUが採用されているという流れの中、 4年は粘ったものの次世代のHGWを提供するためには西日本でも小型ONUを提供しなければならぬ状況に追い込まれたのではなかろうか。第7世代以降のHGWでも小型ONUが採用されていくならば、現場の作業員がいくら嫌がったところで提供は進んでいくのだろう。
大企業の下請け連鎖における産業組織論的考察
今回、NTT西日本の窓口に電話した結果、有能なオペレーターにつながりすんなりと申し込みをすることができた。だが、同じNTTグループでありながら、ドコモ光から申し込んだ場合、電話に出たオペレーターが小型ONUとは何か知らなかったという例もあるようだ。うちに作業に来てくれた作業員も、小型ONU提供開始の7月1日を過ぎてなお小型ONUの存在を知らず、作業予約が入って初めて知らされることとなったと語っていた。本体のNTT西日本が7月1日から小型ONUの提供を開始するというHP上のお知らせの日付は5月31日だった。さらに言えば、NTT東日本で小型ONUの提供が開始されたのは、2015年6月30日である。2014年5月13日の記事には小型ONUが開発中である旨が記載されたネットニュースの記事がある。
小型ONUが存在するという情報は内部の人間でなくとも誰でも閲覧できる形で5年前から存在していた。4年前からは実際に顧客に提供され世に出ていた。にもかかわらず、NTT側の人間がその存在すら知らず、小型ONUを求める客への対応で現場が混乱するという逆転現象が起きている。なぜそのようなことが起こるのか、それは分社化されたグループ子会社やグループ外の下請け企業への下請け連鎖の中で情報伝達がうまく行ってないからであろう。経営判断がNTT本体で行われ、プレスリリースも本体の広報から出されるが、電話でのコールセンターは本体の社員が担当したりはしない。そして、実際に客先へ赴き回線工事を行うのは子会社のNTTコムウ。アでもNTT M〇でもNTTネ〇メイトでもない。社名にNTTを冠さない地元の下請け企業である。彼らは上から流れてきた仕事をこなしていくことが至上命題となる。通達された情報しか興味がない。自分から仕事を流してくれる企業がどんなことをしているのか情報を取りに行くという動機がない。個人的興味さえ持たない。そんな中でNTTが小型ONU提供開始のプレスリリースを打ったところで、子会社には届かない。下請け業者となれば尚更だ。グループ企業とはいえ、下請けで仕事を受注したら相手はお客様となる。外の人間から見たらグループ内でなにを御飯事してるんだという風に見えなくもないが、中の人間たちはグループ会社内の序列にしたがい力関係が明確なので大真面目である。そのストレスはグループ外の下請けに対する苛烈な恫喝として発散されることとなる。そんな中で情報の伝達は行われない。工事の情報はシステムで共有されるが、小型ONUの提供に対する情報などはその網をするするとこぼれ落ちて見逃され、工事の3日前に通達がきて現場の作業員を苛立たせるのだ。壮大な伝言ゲームが正しく行われる方法は存在しない。人間は伝言ゲームで失敗するようにできているのだ。解決するには人間の配置をできるだけ減らすシステムの構築を考える必要がある。
対して客は自分のやりたいことを実現できる方法を常にネットで探している。現に、NTT西日本は小型ONU提供してないんだよなーとTwitterで呟いたら即座にフォロワーのつよつよエンジニアが7月1日から提供するよとばかりにプレスリリースのリンクを教えてくれた。提供側と需要側の熱量の差が激しい。同様の現象は携帯キャリアの料金システムをケータイショップの店員が把握せずに嘘の案内を平気で行う現象にも見られる。バックヤードに本体へ問い合わせることのできるホットラインを確保していても、伝言ゲームで見事に失敗する。ケータイショップに行くよりも、ネット越しでシステム相手に発注する方がよほど正確なオペレーションが実現されている。
このような問題をついぞ人類は克服できなかった。これほどまでに情報化された社会ではプレスリリースに載せた内容はプレスリリースに先行して伝えられているはずの自社サービスにおける下請けの商流へ浸透するよりも早く一部のマニアに届く。情報化は問題を解決せずにむしろ複雑化させた。客側へ届くスピードより速く自社サービスの隅々まで正確に情報を浸透させる方法は、できるだけ人を減らすことだ。AIが職を奪うという議論とは別に、人件費が高いから削減するために人を減らすのではなく、人は不安要素でしかないので人を排除するという要請から、これから雇用は減少していくのではないだろうか。AIはその手段として活用されるのだろう。自社サービス内で人を減らすことができたサービス程、顧客満足度が高くなるであろうことは想像に難くない。小型ONUを発注してみて、そんなことをぼんやりと考えたのである。皆様もぜひ、小型ONUを申し込んで、日本のどうしようもない硬直化したシステムの一端に触れて黄昏てみてはいかがだろうか。