リモートアクセスVPN導入を目的とした基幹ルータ変更に伴うネットワーク構成の更改が一段落したので、あれこれたまった事務処理を片付けていると、なんとFAXにて書類を送信する必要が発生した。
我が研究所には、NTTのひかり電話による固定電話はあるものの、FAXは無かった。電子メールが普及してこの方、FAXの社会的必要性は、もう無いに等しい。それでも先方からFAXでの書類の送信を要求されることはまだ稀にある。例えば、会社設立に於いて定款に記載する事業目的が認められるかどうか、公証人役場に持っていく前に法務局に確認する場合などである。法務局に電話し、事業目的の確認を行いたい旨伝えると、FAXにて事業目的一覧を送るように指示される。メールでは駄目かと尋ねると、「そうゆうのはやってません。」とキッパリと言われてしまうのである。お役所の非効率を正すのは、増税するより難しいのだ。今回の相手はお役所ではないが、業務フローの中にFAXが組み込まれてしまっている様だ。FAXをどうしても送らなければならない要件が発生したそんな場合は、近くのコンビニから送信するのが常であった。これまでは。
ここの所、調子良く所内環境をアガルタ化してきたので、今回もまた環境改善を行うべきであろう。PCから何とかFAXを送受信してしまえないだろうか。FAXの無いアガルタなど成立しえない。そんな物はアガルタとしては不完全である。FAXくらいは用意せねばなるまい。
インターネットは、人間の外部記憶として非常に優秀だ。智慧や知識にあふれている。ちょっと調べて見た所、有料で送った文面をFAX送信してくれるWebサービスを見付ける事が出来た。しかしそう頻繁に使うものではないので、その為にユーザー登録やクレジットカードの登録などあまりしたくは無い。もうちょっと調べると、同様のサービスを無料で提供している所を見つけた。海外のサービスであった。それによると、2バイト文字は文字化けに注意が必要な上に、送信するFAXに広告ページが付加される。さらに、これらのサービスではFAXの受信は出来ないし、重要な書類の場合、他の業者を介するのは気が引ける。
やはり、自前で送受信できる環境がほしい。そうでないと満足はできない。そういう視点に切り替えて、ネットの海を彷徨うと、ひかり電話でも、PR-S300SEの電話ポートにFAX機器を繋げば送受信できると言う情報を拾う事が出来た。では、そのFAX機器としてPCは適格であろうか。前々から、Windowsのコントロールパネルを開くと、視界の端っこに見え隠れするFAXの文字が気になっていた。WindowsはFAXを送る機能を持っているのではないのか?然り。WindowsはFAXの送受信機能を持っている。WindowsのバージョンやグレードによってFAX機能が含まれるかどうかに違いがあるので、どのWindowsにFAXが含まれるのかはMicrosoftのHPを当たってほしい。
このインターネット全盛の時代、FAXをPCから送るとなると、インターネット経由でと考えてしまうのは至極当然の思考回路だろう。しかしそれが間違いだったのだ。思い出してほしい。まだPCに内蔵されたモデムを電話回線のモジュラージャックとつなぎ、テレホーダイの時間帯、通称テレホタイムに一生懸命ダイアルアップをリトライしていたあの時代を。我々はPCを電話線につなぐことに料金を気にする以外には何のためらいも持たなかった。そう、あの状態であれば、FAXがWindows上から送れるのだ。必要なのはモデムと、PCを電話回線につなぐ勇気だけだ。
モデムはあの時代のモデムでいい。ほぼFAXの送受信には対応しているはずだ。我が押入れをひっくり返してみた所、見つけた。私が初めて自作したPCに差していたモデムカードを。10年近くただ押入れの中にしまいこまれていたこのカード。うまく動くだろうか。
PCの裏蓋を明けて、マザーボードにPCIスロットがあるかどうか確認する。最近のマザーボードにはPCI Expressスロットしかない物も多いが、今回使用するPCを組み上げたのは3年ほど前だ。PCIスロットが2本もあった。幸先が良い。其の中の一本にPCIスロットにモデムカードを差し込んだ。蓋を明けたまま一度PCの電源を入れてみる。長年の放置で劣化し回路がショートなどしており煙を上げるなどと言った不測の事態も考慮すべきであり、そのような場合にいち早く対処するためだ。どうやら無事に起動した様である。Windowsにログインしてみると、自動的にモデムのドライバーのインストールが始まり問題なく完了した。
一度シャットダウンし、裏蓋を閉めて再起動する。ここで10年ぶりに復帰したモデムさんが、FAXに対応しているかチェックしてみる。アナログ回線でFAXの送受信を行うにはITU-T T.4で標準化されたG3ファクシミリに対応していれば良いらしい。Windwosのバージョンによって操作に若干の違いがあるが、確認の仕方は大体以下のとおりである。
マイコンピュータを右クリックし、「管理」をクリック。表示された「コンピュータの管理」ウィンドウで「デバイスマネージャ」を選択する。表示されたデバイスの一覧から、”モデム”を展開すれば今回追加したモデムがぶら下がっているのが見つかるはずだ。それを右クリックし「プロパティー」を選択。表示されたウィンドウの、「診断」タブをクリックし、”モデムの照会”ボタンをクリックしてみる。これで、色々なATコマンドが使用可能かどうかチェックしてくれる。今回確認すべきは、コマンド”AT+FCLASS=?”の応答の欄である。”0.1.8″となっていた。これは、FCLASS=0がデータ通信モード、FCLASS=1がFAX、FCLASS=8がヴォイスモード(音声通信)を表しており、この3つに対応すると言う意味である。見事にFAXが使える。余談だが、”AT#CLS=?”の応答欄が、”こまんどはさぽーとされていません”と出力されているが、これはパケット通信や携帯電話網に接続したい場合などに使用するらしく、FAXの仕様を目的とした今回のミッションには関係がなさそうなので特に対処する必要はない。これで、我が環境のVoIPアダプタであるPR-S300SEの電話機ポート2と、今回追加したモデムカードさんをモジュラーケーブルで接続すればスタンバイは通信インフラは整った。
では、FAXの送受信にはどのようなソフトウェアを使えばよいのか。
インターネット上でFAXの送受信が出来る無料のソフトウェアを検索してみたが、見つける事が出来なかった。有料の物はいくつか見つかった。しかし値が張る。そして無駄に高性能だ。50か所に同時にファックスできる機能は、我が研究所にとっては明らかにオーバースペックである。必要ない。途方に暮れていると、またもやWindows内に「WindowsFAXとスキャン」というソフトウェアがあるではないか。これは、スキャナーを制御する機能と、FAXの送受信機能を併せ持った素晴らしいソフトウェアである。なんだ、青い鳥は此処にいたのか。新たに探す必要などなかったのだ。我が環境のプリンターは、スキャナ一体型の複合機である。ためしにこの「WindowsFAXとスキャン」からスキャンしてみた。見事にスキャンできてしまう。申し分無い。FAXはどうか、今回のFAX導入の動機となった送信相手に問答無用で送ってみる。インターフェースはe-mailソフトのような見た目である。新しいFAXの作成を選び、あて先の番号を入力し、件名を入力し、本文を入力する。そして送信したい書類をスキャナにセットし、「挿入」→「スキャナからのページ」を選ぶと、スキャンが始まり、読み取った書類を本文に追加してくれる。便利だ。プレビューで送るイメージを確認できる。これで失敗することも減るだろう。文面は完成した。あとは送るだけだ。
満を持して送信ボタンを押してみた。「ぶっ」というわずかなうめき声をモデムカードが上げる。そしてしばらくの沈黙の後、送信失敗の悲しいエラーが私の視界を遮る。「応答が確認できません。回線がビジー状態か接続されていません。」やはり10年の歳月は彼を衰えさせたのか。もう「ぴーぴろぴろ」というあの歌声は聞く事が出来ないのか。しかしデバイスマネージャで確認する限り、ハードウェアエラー的な気配は微塵も感じられなかった。Windowsからの要求には悉く正常な値を返しているではないか。信号のやり取りのみが出来ていないように感じられる。
モデムさんがまだ正常に機能しているという前提に立てば、先ず疑うべきは、モジュラーケーブルの断線である。ネットワーク障害の大部分は実はケーブル障害である。機器に問題が無く、信号の発信受信が出来ていないなら、ケーブルを疑うのが定石だ。ためしに、モデムにつながっていたケーブルを、電話機につないでみる。「ぷーぷー」と言う発信音が確認できた。ためしに携帯電話にかけてみるが、発信、着信共に問題なかった。ケーブル障害ではないらしい。
次に疑うべきは何處だろう。よくよく思い出してみると、モデムさんにはモジュラージャックが2突いていた。ダイアルアップとLine-Inである。私は何も考えずにダイアルアップに繋いでいた。もしかしてこれが原因か。Line-In側のモジュラージャックにつなぎなおしてみる。そして再送信。するとどうでしょう。「送信を開始しました。1/4ページ」と言うではないか。すばらしい。3分ほどかかって4ページすべてを送信完了した。できた。終に我が研究所にもFAX環境が出来た。
FAX環境をPCで行う事にはいくつかのメリットが考えられるだろう。最初に思いつくのは紙が要らない事だ。トイレットペーパーをFAX送信し、相手の用紙を使い果たさせると言った攻撃を恐れる必要が無い。トナーも必要ない。画面で確認すればいい。逆に、電子ファイルとして保存されているので、必要ならば後から何枚でもプリンターで紙へ出力できる。出力した紙を白ヤギさんに食べられても困る事は無い。それに受信したFAXは電子ファイルとして電子メールに添付し転送することも可能だ。送信前に本文の出来を確認し、容易に修正がかけられることも魅力の一つとなるだろう。FAX専用機を買って運用するよりはるかにフレキシビリティー溢れる柔軟な運用が可能になるのだ。今回ほどPCの汎用性を有り難いと感じたことは無い。手持ちの既存の機器でこれほど快適な環境が整う物なのか。今回はPCIのモデムカードを使用したが、昨今はUSB接続のFAXモデムなる物が出回っている様なのでよりお手軽にPCでFAX送受信環境を整える事が出来るだろう。これからはFAXの送信を求められてもコンビニへ足を運ぶ必要は無くなった。又一つ、アガルタへ近づいた。