ハンドスピナーブームの上陸
最近どうもハンドスピナーなるものが流行っている。ハンドスピナーとは、2016年あたりからアメリカで流行りだした玩具のことで、親指と人差し指で軸の部分をつまんで回転させると恐ろしくスムーズにいつまでも回転し続けるというだけのなんとも単純なおもちゃだ。アメリカで始まったそのブームが日本にも伝播し、じわじわと流行ってそのゆるやかなビッグウェーブがひと段落したというのが今の現状だろう。その挙動の単純さゆえにあっという間にはやったが飽きられるのも早そうである。アマゾンで検索するだけでもざっと以下のようなハンドスピナーたちが次々とヒットするが、軒並みピーク時の値段から値引きされており投げ売りが始まっているようにも見える。数千円で売られていたものが今では大方、数百円と言ったところだ。
とはいえ、この夏の各地の祭りの屋台のなかにハンドスピナー屋が出店しているのが報告されるなど、まだまだ根強い人気を誇っている。夏祭りで買ったハンドスピナーで人々が遊ぶとなると、少なくとも夏休みの終わりごろまではこのブームは延命しそうな雰囲気がある。前に3Dプリンターのエクストルーダーを改造した時に余ったボールベアリングが手元にあることを思い出した。それを使えば今手元にある材料だけで割と簡単に作れちゃうんじゃないだろうか。ブームがもう少し続くとなると、ひとつふたつ作って手元に置いておくのも悪くない。このハンドスピナーなるものを手元でくるくる回す動画を見るに、なんとも気持ちよさそうなのは確かだ。
君は既製品で満足できるか
時代は、既製品を買って回すのに飽きた人々が自作し始めるフェーズに入っており、このハンドスピナー自作の流れはハンドスピナーブームを延命させる可能性を秘めている。そしてハンドスピナーの自作には3Dプリンターが最適だ。ハンドスピナーの自作は3Dプリンターと3DCADのキラーコンテンツになりうる!「3Dプリンターなんて買って何に使うの?」と言われ続けた人々に「ハンドスピナーを作るんだよ」という答えを与えてくれる。こういう流行りものがあらわれるたびに自作できちゃうんだよという自信と未来への展望を開き、それは新たなメイカーズを呼び込むことに貢献するだろう。さらには、その回転の滑らかさ、持続時間を自作した人々が競い合い、ミニ四駆で行われているような競技へと発展した時、ハンドスピナーの心臓部である高精度ボールベアリングには高い付加価値が生まれることうけあいである。そしてボールベアリングは消耗品だ。激しく回せば回すほどに買い替え需要も見込める。長持ちを売りにさらなる付加価値を付ける事もできるだろう。町工場は今こそハンドスピナーを推すべきだ。既製品のハンドスピナーを売るのではなく、自作の手段をユーザーに提供し、マーケットを生み出すことで経済を回すのだ。今年のGDPはハンドスピナーにかかっていると言った人がいたとしても、それを安易に過言だと断ずるべきではない!実際、Thingiversで”handspinner”と検索すると大量の3Dプリンターで出力可能なハンドスピナーの3Dデータがずらりと並ぶ。やはり皆、作れそうなものは作りたくなっちゃうのである。
https://www.thingiverse.com/search?q=handspinner
今回も例によって先人たちが生み出したそれらの3Dデータは使用せず、3Dプリンターで出力する以外の部品が日本国内でも手に入りやすいように一からモデリングして作ってみたい。その過程を追うことでこれからハンドスピナーを自作する人々の参考にしていただけたら幸いでである。さらにこの記事で作成したモデルは銀仁堂にて販売しているので応援の意味も込めてそちらを購入して頂けたら至福の極みである。
購入したデータをそのまま使用してもかまわないし、改良したりしていただいてももちろんかまわない。2つ売れるとレンタルサーバー代を支払うことができ、このブログが1か月延命する。200個売れると生活費が払えるので吾輩が1か月延命する。是非ともよろしくお願いします。
ハンドスピナーの3要素
ハンドスピナーは、3つの要素によって構成される。
- 重心の取れた形状
- 抵抗が少なくスムーズに回る軸受け
- 回転力を維持する重し
まず、回転の中心点で重心が取れていることが長く回るうえで必須である。今回は同じ長さの3枚の羽を120度の角度で取り付けることでその中心に重心が来ることが簡単にわかる形状にしてみた。非対称な形状で重心を取って回すのも面白いかとも思ったが、結局回転させている最中は円盤のように見えてしまうものなので、形状の面白さよりは一目で均衡がとれていることがわかる気持ちよさを取ったほうが良いかと思いスタンダードな形状にしてみた。
次に、抵抗が少なくスムーズに回る軸受けだ。ハンドスピナーの気持ちよさの根源は音もなく見た目から得られる直感に反して回り続けるその挙動にある。それを実現するのが軸受け部分を受け持つボールベアリングだ。市販のハンドスピナーには、スケボーの車輪の軸受けなどで幅広く用いられている外径22mm 内径8mm 幅7mmのボールベアリングが使用されていることが多い。もっとも一般的なサイズなので大量生産されており調達コストが安いからだ。
だが今回は前述のとおり、前に3Dプリンターのエクストルーダーを作った時に余ったベアリングを流用する。外径10mm 内径4mm 幅4mmと外径10mm 内径3mm 幅4mmの2種類のベアリングを使用した。回転軸を細くすることは鋭い回転力を得るうえで有利に働くはずだ。
最後に、慣性によって回転を維持する重量を確保するための重りである。今回はFDM式の3Dプリンターで出力するため本体はABS樹脂かPLA樹脂になるのでとても軽い。3枚の羽根の先端近くに重りを付けることで回転を維持する仕組みにしたい。多くのスタンダードなハンドスピナーでは羽の先にもボールベアリングを付けて重りにしているが、今回使用するちっちゃいボールベアリングは軽すぎて重りの役を果たしそうにない。比重の重い金属が理想だが、誰もが持ってありふれた手ごろな大きさの身近な金属製品といえば、何があるか。たいていの人は同じところに思考が収束するのではないだろうか。そう、硬貨である。お金で遊ぶなどと罰当たりな、と思われる向きもあるだろうが、お金をくるくる回す様は金回りがよくなると掛かって大変縁起がよろしいではないか。
1円玉はアルミで軽すぎる。5円玉と50円玉は真ん中に穴が開いていてロスが大きい。500円玉1枚あたり7gとが一番重くて理想だが、3枚の羽根にそれぞれつけるとそれだけで1500円になってしまう。1枚の羽根に3枚ずつつけるとすると計9枚で4500円である。高額すぎる。暇つぶしアイテムにしていて落としでもしたら泣きそうな額だ。残るは1枚4.8gの100円玉と、1枚4.5gの10円玉だが、0.3gしか差が無いのであれば、10分の1のコストで済む10円玉が一番ハイコストパフォーマンスであると結論付けざるを得ないだろう。重りは10円玉に決した。
本体サイズの試案
では本体のサイズはどの程度がよいだろうか。回転の半径を大きくした方が大きな力が得やすい。しかし指の長さには限界がある。親指と中指で挟んで人差し指で弾いて回すことのできる大きさに納めなければならない。ここは例によってDragonQuest定規の出番だ。
だいたいMAX60mmっぽいので10mmの余裕を見て50mmでどうだろうということで、試作初号機から4号機までは回転半径が50mmで作ってみた。使うベアリングは外径10mmなので中心にぴったりはまる穴をあけ、幅4mmなのでそれよりも1mmうすい3mmにして指で押さえトレイ部分と本体の間に広めにマージンを取ってみた。10円玉の直径は23.5cmなので、それよりちょっと大きめの直径30mmのわっかを回転軸の中心から35mmの地点を中心に配置してその10円玉をはめるための23.5cmを同心円で描いて穴をあけた。そうすることで、中心から35mm + 半径15mmでちょうど50mmだ。つまりどういう形かというと、こんな形である。
10円玉の厚みは1.5mmなので、4枚ずつ重ねてはめることができるように本体の厚みは6mm。中心部の回転するトレイ部分のへこみは直径30mm、厚み3mmとなっている。裏表対称なので裏も同様の形状だ。内径が3mmと4mmの2種類のベアリングが手元にあるので、それぞれに合わせて真ん中の軸の太さを変えた抑えトレイを用意する。
データからリアルへ
3Dデータが用意できたところで、3Dプリンターで出力する。今回はぴっちりやめこむのでPLAではなく柔らかく柔軟性のあるABS樹脂を使用した。造形後の収縮を考慮すると、本体を103%、抑えトレイを102%で拡大してプリントするとぴったりとはまった。
これを組み立てて10円玉をはめこんだ様子がこちら!
4枚×3で12枚の10円玉を用意しなければならなかったが、残念ながら完成時点でそれだけの10円玉がなかった。だが幸運なことに私の手元には昔、銀貨の収集をしていた時に安く手に入れた鳳凰五十銭銀貨が100枚ほどある。鳳凰五十銭銀貨は大正11年から昭和13年まで発行された日本の銀貨である。直径は10円玉と同じ23.5mmだが、銀と銅の合金なので10だまより重く4.95gの重量を誇る。状態にもよるが1枚数百円程度なのでコストパフォーマンスは落ちるが、重しとしてはこちらの方が有利だ。
そうして何とか良く回るハンドスピナーの形になった。
ハンドスピナー・クルクるんロングタイプ爆誕!
こうして回る形にたどり着いたのが試作4号機の段階だ。これがなかなかよく回る。市販品のハンドスピナーは高級なものになると5分以上回り続けるらしいが、我がクルクるんはどれくらい廻るだろうか。ご覧いただこう。
なんと2分弱回るのだ!すごい!なにこれ気持ちいい。ローエンドの既製品よりは長く回ってるんじゃないだろうか。ただ、回転時の直径が10cmに及ぶこのサイズだと、勢いがなくなって再度回転させようと指で挟んだままあいた指で弾こうとすると、どうしても指の股の部分にあたってしまう。両手を使って回す分にはストレスがないが、片手で扱おうとするとちょっと大きすぎるのだ。
ハンドスピナー・クルクるんショートタイプ爆誕!
そこで、回転半径を5mm縮めたクルクるんショートタイプも作ってみた。
フォルムがデフォルメされた感じで可愛くなっている。ロングタイプと重ねてみるとこんな感じだ。
回転径がちっさくなったことで回転時間も平均して30秒ほど短くなった。だが取り回しのストレスが亡くなったのでこちらの方が回していて気持ちがいい。だいたい30秒くらい回したら一度止めて再度回したくなるのが人情なので、回転の最長が2分なのか1分30秒なのかは片手間で遊ぶ分には気にならない差なのだ。
失敗作の数々
ショートタイプの完成で気持ちのいいハンドスピナーを作ることができたが、ここに至るまでには数々の失敗作を乗り越えている。
単純な形だがなかなか一発で思い通りのものができる境地には至れない。これは試作一号機だ。
今回使用したボールベアリングの幅が4mmだったので本体の幅も4mmで作っている。そのため挟める10円玉も2枚と重しとしては心もとない。その上、3Dプリンターの精度では持ち手の円盤と本体の間に0.5mm~1mm程度のマージンは欲しいが、それだけ間をあけてしまうと横から見たときになんだか格好が悪いのだ。この二つの欠点を補うために、本体の厚みを6mmに増やして真ん中部分に丸くへこみを作った。それにより挟むことのできる10円玉の数は4枚になり、本体と円盤のマージンをへこみが隠す事でかっちょよく見えるという一石二鳥の効果を生み出している。思えば遠くへきたもんだ。こんなに単純な形なのに、満足に回るものを作るのに偉く遠回りをした気がする。内径3mmのベアリングでも問題なく回るが、円盤部分をつけたり外したりしていると、ベアリングに指す芯の部分がぽきっと折れてしまう。内径4mmのベアリング用の4mmの芯になると2mm程度のでっぱりではすごく安定感があり折れない。3Dプリンターでハンドスピナーを作る場合は、内径4mm以上のベアリングで作ることをお勧めする。
ハンドスピナーのもたらす癒し
実際にハンドスピナーを手にして回してみて、なぜこれが流行るのかよくわかった。すごく気持ちがいい。音もなく回り続けるその姿に、SFチックなものを感じるとともに、得も言われぬ癒しの感覚がある。手にもってくるくる回しているとなんだかとても眠くなる。非常にリラックスしてしまうのだ。ペンを指と指の間でくるくる回すペンまわしの感覚に近い。ペンまわしはうまく回っているときにはリラックスした状態になるが、ペンを落とせば途端に現実に引き戻される。ハンドスピナーは失敗の恐れがない。しっかり挟んでいるだけでずっと気持ちがいいのだ。これは癖になる。デスクワークの傍らに置いておくとストレス解消になっていいのではないだろうか。文章を考えている間や、プログラムを考えている間に最適だ。考え事のお供にとてもいい。皆様もこの夏に一つ、ハンドスピナーを手にしてみてはいかがだろうか。きっとブームが去った後も手放せずに回していることだろう。