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映画評
2019-06-08 21:06 by 仁伯爵

引用される作品

ゲーム・オブ・スローンズの全8シリーズを見た。 2011年より8年にわたって続いたシリーズがこの2019年5月についに完結したのである。ゲーム・オブ・スローンズはアメリカのTV局HBOにて放送されたドラマであり、日本でもAmazon Prime Videoにて1~6シリーズがプライム会員向けに無料で、7~8シリーズが有料で視聴できる。アメリカで大ヒットしていて最終章の放送中には各ニュースサイトがこぞって記事をアップし、ファンからプロの批評家までが様々な角度から考察を加え、最終回の放送後には熱狂的なファンが最終回の作り直しを求めて署名運動まで行われ100万を超える署名が集まったそうだ。一説にはいろいろな作品でゲーム・オブ・スローンズからの引用が見られ、今後シェイクスピアのような押さえておくべき教養となることが確実な作品であるとかないとか言われたりしていたりいなかったりしている。これからもそのように他作品から引用されていくのであれば、いま見ておいて損はないということで、全73話を一気見したのである。最終回の放送から2週間が経ち、そろそろ全世界の視聴者にいきわたったと思われるここいらで、そろそろ核心に触れる内容を含んだ投稿をしてもいいころ合いだろうと遅ればせながらゲーム・オブ・スローンズについて論じてみたいと思う。

昔話を通して描かれる現代西洋世界の縮図

ゲーム・オブ・スローンズの物語は西洋世界の縮図になっている。物語の中心となる七王国はウェスタロスにあるがこの大陸は現実のヨーロッパがモデルになっている。 ポーク(鉄諸島)と北部と壁の北のフリーフォークはヴィンランドサガに出てくるヴァイキングたちのイメージだ。七王国の首都たるキングスランディングを中心に南のハイガーデンはイタリア、ドーンはインドかアラビア、奴隷が連れてこられる ソゾリオス大陸はアフリカ大陸、東に位置するエッソスのドスラクはモンゴル帝国の遊牧民、自由都市はギリシアの都市国家、ミーリーンはエジプト、 古代ヴァリリア はローマ帝国などなど、中世や古代のヨーロッパを取り巻く環境がモチーフになっている。

その上で、ドラゴンという戦略兵器と、使い鴉という高速通信手段などの現実には存在しないテクノロジーのレイヤーをかぶせることで中世の世界観でありながらより我々の生きる現実に近い状況を作り出している。ドラゴンは物語の冒頭では滅んでいて、戦術兵器しか存在しない世界に戻っていたところに突如として復活する戦略兵器である。単独で敵味方の区別なく首都を丸焼きにできるほどの威力を持つ。圧倒的スーパーパワーに対してどのように対抗し、どのように交渉が成立するのか。結局のところ同盟を組むか滅ぼされるかの2択しかない現在の安全保障の状況を暗喩している。

使い鴉が存在することで各地の戦の結果やキングスランディングでの王の死などの戦略的な情報を皆が共有した状態で合理的な判断をするチャンスが各々に与えられて物語が進む。この物語の中で情報の誤解が起こるのは情報を受け取ってなおおとぎの国の話のようだなどと信じられなかった場合などに限られている。これは高度に情報化した社会だ。大きな出来事は隠すことができずすぐに共有されてしまう現代によく似ている。このような仕掛けにより、中世のような世界を現代社会の隠喩として成立させているのである。

激しく入れ替わる善悪とその彼岸にあるもの

この物語で最初から最後まで善を貫いて典型的ヒーロー像やヒロイン象として描かれる人物は少ない。最も顕著な例がジェイミー・ラニスターだ。障碍者の弟 ティリオン・ラニスター を気遣うナイスガイなのかと思ったら、その弟に雇った娼婦を引き合わせ、結婚させた後でネタ晴らしするという陰湿ないたずらで癒えない心の傷を負わせていたりする。狂王を裏切ったキングスレイヤーの汚名をかぶっているかと思えば、 狂王 を殺したのはワイルドファイアでキングスランディングごと自爆して龍に生まれ変わるという妄想にとらわれた 狂王 の暴挙を止めるためだったと明かされる。双子の姉サーセイ・ラニスターとの近親相姦で子供を儲け、ロバート王の子として王に即位させていたりするが、ブライエニーを度々助けて夜の王との戦の前には彼女を騎士に叙勲し、戦いの後には ブライエニー と愛し合う仲となり純愛に目覚めたのかと思わせる一幕もある。しかし結局はサーセイの元へ戻り赤の王宮の地下でサーセイと共に生き埋めとなる。視聴者にとってのジェイミー・ラニスターに対する好感度はジェットコースターのように乱高下する。好感度が上がったなと思わせたタイミングでいきなり捕らわれの身から逃げ出すためだけに共につかまっていた味方の若者の首をへし折って身代わりにしたりする。

単純にだれが王にふさわしいかという善悪を問う物語でありながら誰も純粋な善ではいられない。奴隷解放や女性の地位向上などリベラルな政策をどんどん実行するデナーリス・ターガリオンですらその独善性ゆえに処罰するべきでないものを処罰し続けついには非戦闘員を含め街ごと首都で虐殺を行ってしまう。正直者のジョン・スノウも誠実さゆえに度々味方を裏切り、最後にはキングスランディングの民を虐殺してさらに開放を続けるというデナーリスを止めるために一度は愛したデナーリスを刺し殺してしまう。圧倒的ヒロインとヒーローのように思われた二人も、狂王とキングスレイヤーの歴史をなぞったに過ぎなかった。

ポリティカルコレクトネス

この物語で提示されていた王になるための条件は、現代思想的な意味で政治的に正しい事、自ら王になることを望んでいない事の2つだった。エダード・スタークはこの条件を満たしていたがロバートの反乱の折に王になることを拒否しており、ゲーム・オブ・スローンズの物語はその王になるべき者が王にならなかった事が全ての発端となっている。

いくらスタニス・バラシオンのように強く経験があっても呪術による暗殺や我が子を生贄にした天候の改変等を許容する思想は正しくない。ヴァリスは王に仕えるのではなく民に仕えるという正しい思想で動いていたが、ジョン・スノウを王に推す理由として男であることが重要だと主張し、これは現代の思想に沿わないので竜の炎でドラカリスされてしまった。同様にジョン・スノウも視聴者からの人気もあり正直者であるが、王位に就くのがデナーリスでなくジョンでなければならない理由が男だからであるのなら現代思想的には正しくない。ジョン本人がそう思っておらず彼自身は正しいままなので、ドラゴンは彼をドラカリスしなかったが、罪人としてナイトウォッチ送りとなる。

デナーリスは革新派のメタファーとして描かれており、中世ヨーロッパをベースにした物語世界に存在しながらも現代思想的に見て圧倒的正しさを持っている。ゆえにドラゴンが味方に付いていた。同時に現代革新派のもつ独善性や正義の暴走といった負の側面も象徴してもいた。自分が圧倒的に正しいと確信していたら、目指す正義が成される過程において民の犠牲を出すことになど躊躇しない。中世を下敷きに現代社会へ問いかけるこの物語において、デナーリスは暴走する正義を象徴する存在であり、一部のファンが訴えるように首都の民を焼くところでいきなり狂ったのではない。彼女の狂気は中世という時代設定のオブラートに包まれて意図的に見えにくくされていただけだ。 初期からやりすぎ続けて暴走していた。そのため自ら鉄の玉座を求めている人物として設定されており、元から王の器としては描かれていなかった。

王の器

物語の結末は古い時代を終わらせて新時代を切り開いて終わらなければならない。そうでなければ古い世界で理不尽に死んだ者すべてがまた夜の王に率いられて人の世が終わることになってしまう。だが王の器に足るものは誰もいなかった。戦略兵器であり視聴者の代弁者としての役割と正しさの象徴としての意味を背負ったドラゴンが鉄の玉座を溶かしてしまったとき、誰しもが民主制へ移行して終わるのかと思っただろう。最後の有力者の会合の場面でサムウェル・ターリーが投票で王を決めようと言い出したときはやっぱりそうなるのかと思ったが、出席者に嘲笑されて終わった。象徴的だったのはサンサ・スタークですらその発言を笑った事だ。サンサはデナーリスと同様に、初期には政略結婚の道具にされ、虐げられたが紆余曲折あって強さを手に入れ自らを解放した革新派の象徴である。そのサンサが民主制を笑った。これは現代を生きる我々が民主主義を最善ではないが最悪を避けるためとして採用しつつも、選挙では為政者の器を選べないというその限界を認めざるを得ない状況に直面していることを象徴しているように思えた。権力を求め立候補するものは為政者の器ではない。

王の器たる者はおらず、民主制もダメとなるといったいどうやって国を治めるのか。その回答が 人の道を外れ、 超常の力で過去と現在のすべてを見通す三つ目の鴉となったブラン・スタークを王とすることだった。最早、人が治めるのは無理だ、というのがこの物語の結論であった。ブランは先代の三つ目の鴉の跡を継いで自らが三つ目の鴉となった後、もう元のブランではないということが再三にわたって強調される。そして夜の王との戦いでは過去のすべての記録である三つ目の鴉が殺されるということは人類の歴史が終わるということだと言及され、夜の王はブランの抹殺を目標としていた。彼は未来こそ見えないが、現在起こっていることと過去に起こったこと全てを見ることができる。もう人ではない人を越えた存在となっている。ドラゴンや使い鴉のように超常の力が科学技術を象徴しているとすれば、ブランが王になるということは、 国を平和裏に民を理不尽に虐げずに治めることはもはや人間には不可能であるので人の力を越えた知性を作り上げ過去の情報全てを学習させ、現在のデータ全てにアクセスさせることで国を治めるという方向性を肯定した物語の結末であると言える。

人類以外による統治は前例がなく失敗の可能性もある。だからサンサは新しい七王国には加わらず六王国としたうえで北部の独立を宣言したのだ。取り返しのつかないことにならないよう、引き返す可能性を残した。もしこの物語の続きが描かれるとしたら、現実世界で情報技術によって生み出された人類以外の知性による意思決定などが本格的に導入されその問題点が見え始めてきたときに、それをブランに象徴させて人類による統治との対比が描かれるのだろう。

西の西には何があるのか

原作となる小説が未完ということで、終盤は迷走した感が否めないゲーム・オブ・スローンズではあったが、個人的には大いに楽しんだし、思った以上にきれいに終わったのではないかと思う。もっととっ散らかったまま放置されるのかと思っていた。物語のエピローグでアリア・スタークはかねてから言っていた通り西には何があるのかたしかめる冒険の旅に出た。答えは簡単だ。アメリカ大陸がある。ゲームオブスローンズの続編として前日譚となる物語の撮影が進んでいるそうだ。きっとジェイミー・ラニスターがジョン・スノウのポジションで描かれたりするんだろうなぁなどと想像してしまう。物語の前日譚は結末が分かっている答え合わせであり、スターウォーズがそうであったように、前日譚よりはやっぱり後日譚や続きが見たくなるのが人情である。できれば、アリアちゃんの大冒険もスピンオフ作品として作ってほしい。ジョン・スノウはナイト・ウォッチ送りになったがそのまま壊れた壁を越えて野人の世界へ消えていったようなので、北極を越えてアラスカ周りで到達したジョン・スノウとアリア・スタークがアメリカ大陸で再会して国を建てる冒険譚など是非描いていただきたい。あと、ポドリックが魔法のコックを持ってる設定の伏線が回収されていないので、そのあたりを回収するスピンオフも是非お願いしたい。皆様はどのようにご覧になっただろうか。

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