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映画評
2014-09-04 18:30 by 仁伯爵

宮崎、高畑ではないが鈴木敏夫ではある思い出のマーニー

 先日、思い出のマーニーを見てきた。この映画にはあまり興味を持てずにいたが、せっかくのジブリ映画なので万が一面白いかもしれないと思い劇場へ足を運んだのだ。監督は「借りぐらしのアリエッティー」と同じ米林宏昌監督である。プロデューサーの鈴木敏夫氏から原作を渡され、これを映画にしてみないかと言われてできた作品であるようだ(劇場パンフレットP.20より)。物語の終わりでエンドクレジットが出るが、一番最初に「制作 鈴木敏夫」と出る。この作品は米林宏昌監督作品と言うより、鈴木敏夫作品と言った方がしっくりくるのかもしれない。そんなことは全然ないのかもしれないが、米林宏昌監督のやらされている感がところどころに感じられた。

療養先で不思議に出会う物語の反復

 思い出のマーニーは、イギリスの児童向け文学作品である原作の舞台設定を日本の北海道に置き換えて再構成された物語である。主人公の安奈は、前作「借りぐらしのアリエッティー」に登場した男の子、翔と同じく体が弱く療養先として田舎にやってきて、そこで不思議な体験をする。物語の構造はよく似ているが、「借りぐらしのアリエッティー」は小人と言う不思議側の人物から見た物語だったが、今回の「思い出のマーニー」は、不思議じゃない側の人間から見た物語となっており、視点が180度違う。さらに、「借りぐらしのアリエッティー」では、物語が終わった後におそらく成功しないであろう手術を控えた心臓病の少年と、おそらく滅びるであろう小人たちの暗い未来を暗示させるラストだったが、「思い出のマーニー」では主人公が愛されているという自覚を持ち、明るく前向きになって物語が終わる。前作と今作では同じ構造の物語をひっくり返してやり直しているようにも感じられた。「置き去りにされた少女たちを救う映画」「もう一度、子供のためのジブリ作品を作りたい。」(劇場パンフレットP.20より)と監督が語る通り、暗い暗示でどんよりとした前作とは一転して、近年のジブリ作品には珍しく主人公たちが滅んでいかない希望の持てるラストとなっている。

大人が子供に見せたい作品

 とは言え、ラストこそ明るい雰囲気で終わるものの、全体としては作中にどんよりと暗い雰囲気が終始漂う。天涯孤独で親戚をたらいまわしにされ、札幌の学校になじめず、療養先でもなじめない安奈、華やかに見えても女中やメイドたちにいじめられるマーニー、祖母の悲しい物語、と作中には不幸のオンパレードである。そしてラストには真相にたどり着き、祖母のやさしさに触れて前向きなマインドを手に入れるが、視聴者が晴れやかな気持になるのは、マーニーとの出会いのシーンと、ラストほんの少しだけだ。それまではただ辛い。決して楽しい物語ではない。この重さに子供たちは耐えられるだろうか。大人たちは失点のないこの作品を子供たちに見せるに値する作品だと感じるだろうが、子供たちがこの作品を好んで視聴したいと思うかと言えば疑問である。宮崎作品や高畑作品もそうであったが、「アニメは子供のための物だ」と言いい、子供向け作品を作っているつもりでいても、その実、作品を評価しているのは親世代だったりする。子供たちが積極的に支持したのはビジュアルのカワイイ猫バスやトトロなどのキャラクターがたくさん登場した、「となりのトトロ」くらいのものだろう。

 「思い出のマーニー」も「借りぐらしのアリエッティー」と同様に、クライマックスが心理描写に終始し抽象的すぎて子供には難解すぎるだろうし、解読を無視した映像作品としては美しくはあるが動きが少ないので楽しくはない。原作はいい小説なんだろうなあと感じさせるにとどまる。

女性向け作品としての思い出のマーニー

 プロデューサーの鈴木敏夫氏は、ジブリの女性社員に感想を自由に語らせてそれを聞きながら宣伝コピーを考えるなどしており、「思い出のマーニー」は、同じダブルヒロインで女性向け作品として同時期に公開されたディズニーの「アナと雪の女王」と同様に、明確に女性向け作品として作られプロモーションされている。「アナと雪の女王」が抑圧からの解放で共感される物語であるとすれば、「思い出のマーニー」は他者からの認証欲求を満たすことで共感される物語であると言えるだろう。

 「アナと雪の女王」でダブルヒロインを演じた松たか子と神田沙也加は、プロ声優顔負けの自然な名演と素晴らしい歌声を見せたが、「思い出のマーニー」でダブルヒロインを演じた高月彩良と有村架純は、俳優がプロモーションを考えてキャスティングされたアイドルにありがちな、ぎこちない声優ぶりであった。ジブリは宮崎駿監督のプロ声優嫌いと鈴木敏夫氏のプロモーションの利害が一致して俳優など、声優経験のない人物をキャスティングすることが多かった。宮崎駿監督の狙いとしては、いわゆる一つの味のあるヘタウマを狙っての事だろうと思う。しかし味のあるヘタウマなど狙って再現できるものではない。偶然の産物として生まれるものであろう。いくら声優のへたな俳優を持ってきても、後半こそなれるものの、物語の導入部分など特に、ぎこちなさが気になって物語世界に没頭できない。

 「思い出のマーニー」では、湿っ地屋敷という西洋風の豪邸に西洋人の金髪の少女と言う、女の子が好みそうなお姫様的な要素をうまく配置してある。意地悪をする女中が着物姿であったり、おせっかいで安奈が参加させられて嫌な思いをするのが神社でのお祭りであったり、日本的な日常にネガティブイメージを載せることで、日常に入り込んだきらびやかな西洋世界としての湿っ地屋敷を浮き立たせている。それでも、「アナと雪の女王」の完全なお城と魔法とお姫様の世界の魅力には勝てない。完全なおとぎの国は、女の子が現実逃避をする先として適格だが、北海道に建てられた古い洋館では、現実との距離が近すぎるだろう。

普遍的名作か現在の物語か

 タイムリーな物語として再構成された「アナと雪の女王」に、普遍的な名作としての「思い出のマーニー」は太刀打ちできなかった、と言うのがこの夏の映画館で起こった出来事だったと思う。遠い月日がたった後、タイムリーすぎるがゆえに時代を共有しない後の世の人たちには「アナと雪の女王」は理解できない作品になってしまう危険性を孕んでいる。それとは対照的に普遍的な物語として描かれているがゆえにのちの世の人たちには「思い出のマーニー」は再評価されるかもしれない。しかし、その再評価は子供向けエンタテイメントとしてではなく、芸術作品としてと言う事になるだろう。ともかく、今年の夏時点では、「アナと雪の女王」に軍配が上がった、そんな夏であったと感じた。皆さんはどのようにご覧になっただろうか。

【映画評】思い出のマーニーを見てきた(ネタバレを含む)

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