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2015-06-28 23:00 by 仁伯爵

果たして鈴木さんにも分かったのか否か

 かわかみのぶ著「鈴木さんにもわかるネットの未来」を読んだ。川上量生氏はニコニコ動画の創業者であり、現株式会社カドカワの代表取締役社長である。その川上氏が、弟子入りしている株式会社スタジオジブリ代表取締役の鈴木敏夫氏にも分かるようにネットについて説明するという内容の本である。鈴木敏夫氏は宮崎駿という天才に心置きなく作品を作らせるためにスタジオジブリを用意した敏腕プロデューサーとして有名だが、1948年生まれでコンピューターに関わらなくても生きていけた時代の人間であり、ITやネットに関して不得手であると言う事のようだ。タイトルはそのようにITに対する知識やネットリテラシーを持ち合わせない人にも理解できるようにと書かれた本と言う意味であり、タイトルに登場する鈴木さんは本書の中にはもちろん、あとがきに登場する事すらしない。帯には「そうかそういうことなのか。」と筆書きのコメントが鈴木敏夫氏の弁として書かれているが、おそらく鈴木さんはここに書かれた内容を理解することはできなかったものと思われる。「そうかそういうことなのか。」と短いコメントを出すことはできても、あとがきをかくほどの興味も理解も得られなかったのであろう事がうかがえる。
 鈴木さんには伝わらなかったかもしれないが、とはいえ、ネット原住民で現役で最前線の経営者である川上氏によって本書で語られるネットの現状分析は正確で将来の見通しは説得力にあふれる。結構本音で書かれているように感じた。

残念ながら明るくない未来

 この本で語られる内容はけっしてネットの明るい未来ではない。優越感と劣等感を同時に持ったネット住民がリア充の増加により少数派になりつつあり、IT舶来主義の申し子たるITエバンジェリストたちが胡散臭いと感じるのは正解で、ネット世論はBOTや声の大きな少数派に支配され、フリーの伝統はうちくだかれてコンテンツは無料にならず、広告モデルでコンテンツの製作費を賄うことはできなくて、コンテンツは強大な力を持ったプラットフォームに買いたたかれて、オープンなネットはクローズドな方向へ進んでおり、国内法によるネット規制は外国企業保護政策にしかならず、集合知は遅く頑固で頭が悪く、ユーザーが生み出すコンテンツはミニ芸能界やミニ音楽業界を生み出すにすぎなくて、ビットコインはその処理能力や効率の悪さから取引所と言う名の新たな中央銀行を生んでしまい、リアルからネットに逃げ込んだネット原住民たちの思惑とは裏腹にネットとリアルは融合していく。

 これらの現状分析や見通しはどれも心当たりがあり、納得のいくものである。IT舶来主義に関しては孫氏や三木谷氏のタイムマシーン経営に限った事では無い。ネットだけでなく既存の大企業でも大昔からそうなのだ。国内の大手のメーカーやシステムインテグレーターはIBM先生に教えてもらったことを国内で展開しているに過ぎない。IBMがメインフレームだと言えば日立やNECが汎用機を作り、オープン系だと言えばNTTデータがそれに従い、クラウドだと言えばみんな右に倣えでクラウドなのだ。ビッグデータだ、クラスタリングだ、スマートグリッドだ、シンクライアントだと、流行ったもの、流行らなかったものを含めて例を挙げればきりがない。みんなビッグブルーたるIBM先生が教えてくれたことをそのまま行っているに過ぎない。

 このブログの記事ページで表示される広告がもたらす収益は、この本の価格である980円に遠く届かないだろう。サーバーのレンタル料やドメインの更新料を賄うことなど夢のまた夢だ。自分で書いているから普段気にしてはいないが、仮にこのブログを書いている時間の人件費を算出してみると赤字はさらに膨らむだろう。見事に広告費はコンテンツの作成費を下回って見せる。仮にブログのアクセスが増えてスケールアップしたとしても、きっと状況は変わらないのだろう。多くの人に見てもらえる記事を多くのアクセスを裁けるサーバーを確保して多くの人に飽きられないペースで生み出すには金がかかる。それでもこのブログを続けていられるのは、採算を度外視しているからに過ぎない。

 だから、コンテンツは無料にはならない。クリス・アンダーソンは著書「フリー」のなかで規模の拡大によりサーバー一台当たりの電気料金やサーバーの維持費はがぎりなく0に近づき、デジタルデータは無料になりたがると主張し、フリー時代の収益モデルとしてフリーミアム、つまり基本料金は無料でオプションを有料にして儲けるモデルを提唱した。時をほぼ同じくして、とある人物が人気のあるコンテンツはほど無料に近づき、人気のないコンテンツほど金を払ってみなければならなくなると主張し、ファンクラブのような組織の収益で自分は生活するので、自分が生み出すコンテンツはすべて無料で開放すると宣言した。その人物は今でもそのモデルで生活を支えているらしいが、結局その人物の生み出すコンテンツが無料になることは無かった。むしろ宣言の直後より有料の部分が増えており、少なくとも私にはそのとある人物がおこなった社会実験は見事に失敗しているように見える。ファンクラブからの労働力と費用の提供ですべてをまかなうはずが、逆に貢献度の高いファンクラブの幹部会員への配分が必要になり、コンテンツが無料になることは無かった。結局のところコンテンツの制作費用をだれが負担するかという話に過ぎないのだ。

ビットコインは既存金融を倒せるか

 ビットコインに対する批判として、ネット上でよく目にするのはビットコインはねずみ講だと言う主張だ。しかし実のところビットコインは、暗号化された改変不能なコインを発行しそれによる決済機能を提供するだけでねずみ講ではあり得ない。本書ではそのような初心者だけ騙せればいいというような批判ではなく、きっちりと中身を理解したうえでビットコインは使い物にならない事を指摘している。ビットコインはそのシステムの非効率さから、普及して決済が増えるとすべてを処理しきれなくなる。実際どれだけの余裕があるのか、ちゃんとその根拠も数字で示される。そして現状で既にもうあまり余裕が無いのだと言う。さらに仕組み上、決済が行われるまでに10分程度かかる。さらに、決済記録改ざんの不可能性を担保するブロックチェーンの分岐が発生した場合、決済自体が取り消される場合があり、確実に決済が確定するまで1時間程度かかる事になる。仮に店舗での買い物に使うとして、支払いにいちいち1時間かけるわけにはいかない。10分でも実用性に欠ける。ビットコインと実通貨を取引する取引所ではその問題を解決するために、取引所内では取引所の口座(ウォレット)をひらいて実ビットコインを振り込ませた後は、取引所内部での取引には仮の帳簿で取引を管理し、実際のビットコインの取引は行わない。かつて最大のビットコイン取引所だったマウントゴックスが破綻しそうだと噂されビットコインの引き出しが停止されたとき、マウントゴックスのユーザーが盛んにマウントゴックスBTCじゃなくて実BTCはいくら残っているのかと気にしていたのはそのためだ。いくら取引所が用意した口座に残高があるように見えても、それは本物のビットコインではなく取引を高速化するために用意された仮のビットコインの帳簿上の残高であるに過ぎない。この構図が進めば、実ビットコインじゃなくて取引所の仮ビットコインを流通させると言う運用が行われることにつながっていく。そうなれば実ビットコインが取引所の正当性を担保するために積み上げられているという役割を果たすにすぎず、ビットコインが金本位制の金の積み上げのような役割を演じてしまうことを意味する。

 本書で展開されていた論はここまでだが、そんなことが進めばそのうち、準備預金制度が導入され実ビットコインの積み上げ以上のビットコインの貸し出しができる制度が構築されかねない。そうなれば現行の中央銀行発行の実通貨と同様の問題を抱えてしまう。取り付け騒ぎが起これば即潰れる現行の銀行と変わらなくなり、ビットコインを使用する必要がなくなる。本書で指摘されている通り、ビットコインの人気を支えているのはイデオロギーだ。準備預金制度や中央銀行の不可解な金融政策に向けられた不信に対する解決策としてのビットコインであるからこそ支持が集まっている。そのイデオロギーを支えるためにはサーバーによる一極管理ではなく、分散自立システムによる自走式のシステムである必要があり、それを可能にする初めての仕組みとしてブロックチェーンが画期的なものとされた。イデオロギーを守るためにサーバーによる管理を避ける必要があるので非効率な形態をとらざるを得ず、その非効率さがイデオロギーの崩壊を招きかねない弱点となっている。ビットコインの抱える非効率を解決しようとするサーバー型のシステムがいくつか出てきているが、それがサーバー型である以上、ビットコインの代替とはなり得ず、ビットコインには更なる技術的ブレイクスルーを必要としている。それが無ければビットコインはその存在意義を失うだろう。ビットコインは自分が自分の銀行となる事にこそ意味があり、そこを他人に任せるならば現行の通貨を使用しているのと何も変わらなくなってしまうからだ。

冷酷な分析

 この本はITでなんでもかんでも良くなるわけではないという事実を冷静に指摘する。東浩紀氏が「一般意思2.0」で展開したようなみんなの意見は案外正しいと言う集合知の概念でさえ、集合して賢く見えるのは部分の知でしかなく集合知は遅く頑固で頭が悪いものになってしまうと言う。インターネットには国境が無いと言うのも、国がインターネットを規制したがるのは国として当たり前の願望だろうと言い切る。だが、川上氏はそうなるのが望ましいと言っているわけではない。残念だが事実はそうだと指摘しているだけなのだ。川上氏がそう言っているわけではないが、IT舶来主義のエバンジェリストたちがまき散らすバズワードとそれが暗示するバラ色の未来を無邪気に信じているだけでは知らぬ間にインターネットは誰かのいいようにつくりかえられてしまう。クラウドコンピューティングと言うバズワードも、今ではデータをネット上でアクセスできるサービス業者に預ければ何でもクラウドと名がついてしまっている。よくよく考えればそんなものはただのサービスに付随したデータストレージサーバーではないか。クラウドとはP2Pや自律分散コンピューティングのようなどこに中心があるのか分からないものを雲と形容したのではなかったか。インターネットがここまで世界に広まったのも、インターネットがクラウド的な性質を持っていたからだ。もともと核攻撃を受けても途切れないネットワークとして設計された軍事技術ARPANETを基にしているので、インターネットはその名の通りネットワーク同士のネットワークであり、中心がない。故にどの国もインターネットを解体することは最早現実的ではなく、敵対ではなく利用するほかない。最終的にはあらゆる通貨も、あらゆる組織も国家さえもそのようになっていくべきだ。そのための素地は整っている。

 ネットが犯罪を助長するので規制する!などという安易なネット悲観論とは別に、そろそろここらで川上氏が指摘しているような理想と現実のギャップに目を向けてそこに技術的解決策を講じていくと言うアプローチが必要なのではないだろうか。国家の存在が薄れて行ったり、世界各国が統一されていったりする流れは止めようがないが、今の世界の枠組みがそれを望まず流れを止めようとするのは当然の反応であり、理想郷への道は果てしなく長く先が見えない。それでも、壊れてしまった今の枠組みの後に来るものが醜悪なものにならないように、地に足の着いた技術的解決策の模索こそが今のネット界隈に求められているのだろう。それができなければネットはおかしな方向へ利用されて、今の枠組みが崩壊した後、確かに今までの枠組みの中で起こった問題は解決しているけれども最悪な世界がやってきてしまうのではなかろうか。そんなことを考えさせられた一冊であった。皆さまはどのようにお読みになったであろうか。

【書評】鈴木さんにも分かるネットの未来 を読んで

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